☆611日・有明コロシアム

▽WBAライト級タイトルマッチ12回戦

○挑戦者 畑山隆則 VS ● 王者ヒルベルト・セラノ

TKO8回2分30秒

 

とにかく、たいしたものである。たしかに今回のセラノは大層弱く「見えた」が、坂本博之をストップできるボクサーが弱いはずはない。坂本の突進に耐え、目をつぶしてしまったセラノが、今回はもうなすすべなく打たれ続けたのだ。畑山のファイトには、ガッツ石松以来の快挙と呼ぶにふさわしい強さがあった。

畑山はいくつかの点で確実に強くなっていた。まず、強力なストレートパンチャーになっていた。畑山のストレートパンチは、堀口昌宏戦あたりを頂点に影をひそめていた。崔龍洙戦でも、本来ならストレートパンチを放てば有効な場面でも、フックの打ち合いをしていた。「拳の手術の後遺症が一見したよりも重いのでは」という推察にも、説得力があった

だが今回、中間距離からセラノを何度となくキャンバスに這わせたのは、軌道の小さな右ストレートだった。実際、畑山本人は「今は右ストレートに自信がある」と言っていたのだ。この発言を、僕らはもっと注目すべきだった。セラノ自身、優れたストレートパンチャーだ。そのセラノに対して、「右ストレートに自信あり」と言い放ったのである。試合結果を見るなら、畑山は右拳の負傷がほぼ完治している上、トレーナーのルディ・エルナンデスから「世界」レベルのストレートを教え込まれていたのである。

畑山にはもうひとつの「新しい武器」があった。鋭角的なキレを持つヘッドスリップ&ウィービングだ。僕は展望記事で、畑山はストレートに弱いから、セラノとは相性が悪い、と書いた。しかし、今回の畑山は、セラノのジャブさえほとんど食わなかった。ストップウォッチの針のように鋭く反応するヘッドスリップが、セラノのジャブやストレートをすいすいとかいくぐっての接近を可能にしたのである。

つまり畑山は、OPBF王者になった頃から明らかになっていた2大弱点を克服していたのだ。そのキャリアの初期、新人王から日本王者にいたった頃に僕らが畑山に見ていた可能性が、今ほぼ実現しつつあるのである。

ボクシングを良く知る人々からは、今回の畑山の戴冠は「棚からぼたもち」的な現象だと思われている。実際、畑山本人の「半年ずっと遊んでいた俺が、いいんですかねぇ」という言葉は本音だろう。たしかに、セラノは絢爛たるライト級の歴史の中では、難攻不落の王者に属するわけではあるまい。バズソー山辺や用皆政弘だって、セラノが相手なら勝つチャンスがあったかもしれない(変なたとえですみません)。しかし、畑山の今回のボクシングは、やはりロベルト・デュランやフリオ・セサール・チャベスの腰にあったベルトを巻くだけのものがあった。

あれだけのブランクがあって、このボクシングだ。畑山は学習力が高い。この調子で、かつて龍和龍師と作り上げたコリアン式熱血ファイトに、西海岸のスピード&テクニックを身につけたら、意外にライト級で勝ち抜いていけるのではないだろうか。坂本博之がベルトを巻いた姿も見たいが、セラノ戦よりもさらに伸びた畑山が9月に現れるなら、壁は相当に厚いことになるだろう。


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