八尋には気の毒だが、何をしに来たのか、全然わからなかった。 前回は予想以上の善戦だったのに、今回の八尋は「サマンに簡単にやられる には」というお手本のような試合をしてしまった。
サマンは手足が短いくせに、タイソンのような出足があるわけでもない。だか ら、八尋のような長身ボクサーに対しては、パンチの打ち終わりにカウンターを 放ちたいはずだ。八尋はそんなサマンを左ジャブでできるだけつきはなしたいは ずなのに、なぜか遅いジャブを「ぬっ」と伸ばしては、サマンにボディーや左顔 面を強打されるまで、ご親切にも、その腕を伸ばしたままにしていた。それも何 度も、というよりジャブを出すたびにそうであった。 アウトボクシングにおいては、ジャブの「引き」の速さは絶対必要条件だ。ベ テランの八尋がそれさえ忘れてしまったのは、どういう状態だったのだろう?
サマンはあまりにおいしい展開に、最初こそ「ワナかな」という顔をしていた が、やがて「これでいいんなら、遠慮なく」という感じでKO勝ちしてしまった。
……八尋がすぐれたボクサーであることは、日本のボクシング・ファンなら知 っている。スピードこそ一見したほどではないが、バランス、テクニックの良い 好ボクサーで、意外ににたくましいところもある。うまくジャブを使えば、サマ ン攻略も夢ではないと思った。それがこの試合である。
「最後のチャンス」ということで、緊張してしまったのだろうか? 気合いが入 りすぎてオーバーワークとなり、体も頭も動かなくなってしまったのか? わけが分からないほど、八尋のボクシングはまずかった。 |