●セサール・バサン 対 坂本博之
(WBC世界ライト級タイトルマッチ:8月23日)
セサール・バサン |
24歳 |
32勝23KO2敗1分 |
坂本 博之 |
27歳 |
30勝21KO2敗 |
昨年の初挑戦でスティーブ・ジョンストンに判定負けして以来、坂本は世界再挑戦はジョンストンへの雪辱戦と決めていた。 だから、バサンがジョンストンに判定勝ちした試合をWOWOWのゲスト席で見ていた坂本はずいぶんがっかりした顔を見せていた。ジョンストンの勝ちと見る向きも多い内容だっただけに、表情はさらに複雑だった(僕自身は、判定は実に微妙で、バサンの勝ちもありだと思ったが)。 しかし、王座がバサンに移行したことは、坂本にとっても、ファンにとっても幾重にも幸運なことであったと思う。 なにより、「最後に立っている奴が本当に強い奴」という坂本のイメージ通りのファイトをしてくれるのは、ジョンストンではなく、バサンだ。ジョンストン戦で坂本が果てしなくくりかえして見せた猛烈な空振りは、観客の魂を揺さ振り、恐らくジョンストンの心理をパニック寸前に陥れたとは思う。だが、結局はあの試合は、坂本の「勝負に勝って、ボクシングに負けた」の奇妙な感想に集約される、噛み合わないものだった。坂本は自分の思うボクシングをやり抜くことができたにもかかわらず、判定では完敗を喫したのだ。 バサンは長身のボクサータイプだが、アウトボックスし切るのではなく、どこかで相手をつかまえるパンチャーだ。坂本の猛進を受け止め、右アッパーを突き上げてくるだろう。追う坂本、迎え撃つバサン、挑戦者の望む「死闘」が展開される可能性は大きい。 坂本は、精神のファイターだ。現代の日本ではとっくに否定されてしまったアナクロなまでの精神主義が、この男の中には息づいている。「俺が倒れないと思ったら倒れない」。それは、日本がアメリカに敗れて以来、折りに触れて否定され続け、今では残骸以外の何物でもなくなってしまった精神至上主義の狂い咲きだ。 精神と、鍛え抜いた鋼鉄の身体、それが坂本のイメージする自分の武器であるようだ。ジャブがどう、踏み込みがどう、コンビネーションがどうというのではない(そういうことについて、まったく考えてないわけでもなさそうだが)。打たれても倒れない体、気持ちの十分に乗った強いパンチ、この2つさえあれば敗北はない、そう信じているように見える。 精神では勝てない、技術と、物量と、合理の裏付けなくしては。それが戦後日本が最初に「学び」始めた思想のひとつだったはずだ。だが、実はボクシングにおいては、合理主義で世界のトップに立ったボクサーばかりではない。特に日本ではそうだ。原田、大場、浜田、平仲、辰吉・・・。多くの日本人チャレンジャーたちは、無茶な勝負を、無謀な戦術とど根性一発で勝ち取った。 だが、坂本ほどそれを露骨に表明しているボクサーは見たことがない。輪島巧一でさえ(いや、むしろ彼は合理のボクサーだったか)、「人間は打たれれば倒れます」と言った。だが、坂本はコッジに倒されて「(俺が倒れるとは)びっくりした」というのである。そして、だんだんコッジを追い上げていった。 見ているこっちもびっくりした。 ジョンストンは坂本の世界とは無関係なところで、タイトルを守って帰った。バサンにはそういう技はない、しかしその代わり「倒れない」はずの坂本を倒す力がある。いや、「合理的」に考えれば、坂本が倒される可能性は大きいような気がする。しかし、しかし・・・、僕は坂本という人間の「精神」を無視することはとてもできない。8月23日、何が起こるのだろうか。
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