☆1月9日・後楽園ホール

▽ウェルター級10回戦

○ 坂本 博之 VS ● バード・バド

TKO3回1分15秒

新春の後楽園ホール、満場の観衆の前で坂本が見事な再起戦を披露した。

昨年8月、WBC王者セサール・バサンに判定負けして以来の試合、ブランクの影響や試合直前の相手変更を考えれば、期待以上のできばえといっていいだろう。
青コーナーには、当初予定されていたジョジョン・パクインではなく、同じ比国人だがウェルター級王者のバード・バドが登場した。やはり坂本よりもひとまわり体格が大きい。「チャンピオン」と呼ばれるボクサーがそうやすやすとねてくれるわけはないが、それにしても最近の比国王者はけっこう強いのだ。

逆に坂本はボディーの周りにうっすらと肉がついている。ブランクの間にさすがの彼にも錆が付いてはいないのか、不安がよぎった。

だが、試合が始まると、坂本の動きは実に良かった。左ジャブ、ボディー、とりわけ左フックがスピードがあり、切れも威力も十分だ。
バドも、さすがのボクシングを見せた。坂本の出鼻に叩き付ける右カウンターは無駄のない軌道を描く、鋭いパンチだ。脇腹を襲う左フックも、2階級の差を感じさせる重さがある。長引けば、小柄な坂本にダメージが蓄積するのではないか……。

しかし、2回後半にもう、坂本のパワーとスピードが試合を支配し始めた。かなり左フックが速い。例によって大振りだが、小さく鋭く打とうという意識は感じられ、その分いつもよりシャープさが増しているようだ。

3回、猛烈な右スイングでダメージを与えると、坂本は左右フック、左ボディーで攻め立てる。粘るバドだったが、反撃できず、レフェリーがストップした。

試合後のリング上のインタビューで、坂本は「WBCライト級王者になりたいです。ジョンストンでもバサンでもいい。借りを返したい」と、標的を明確に限定した。

すでに2度世界挑戦を果たし、完敗なのにファンは大満足というじつに偉大な試合ぶりを見せた坂本。僕自身個人的には、坂本は世界を取れなくてももうある意味で大変な高みに上りつめていると思っている。

とはいえ、3度目の挑戦が実現するとなれば、王座奪取しないことには意味がない、ということにもなろう。世界王座奪取という大目標を優先するなら、「WBC」とか「ライト級」とかにこだわるのは損だ(今回、ウェルター級であれだけのパワーとスピードを見せられると、「坂本のパワーが本当に爆発するのはこのクラスなのかも……」とさえ夢想してしまう)。しかし、やはりこのこだわりこそが坂本という男の魅力なのだろう。ファンとしては、ちょっぴり切ない思いをしながらも、彼の戦いを見続けるしかなさそうだ。

バサンは前王者ジョンストンのとの再戦が予定されている。王者が交替した前回の対戦も大接戦だっただけに、タイトルの帰趨は予断を許さない。しかし、バサンにせよ、ジョンストンにせよ、坂本が勝機を見出すのは難しい相手だ。ボクシングの根本的な技量に差がある。坂本の闘志と鍛練をもってすれば、また威厳ある敗者にはなれるだろうが、勝利、すなわち世界タイトルというのは別の次元の世界なのだ。

とはいえ、今回の再起戦を見た限りでも、坂本にも一縷の望みが見出せる。左フックとボディブローだ。ボクシングにおける最も小さなダイナマイトである左フック。このパンチさえ完璧に打てるなら、どんな相手にも勝つチャンスはある。晩年のシュガー・レイ・ロビンソンは、かつてのようなスピードはなくなり、足にも耐久力にも衰えがめだったが、一瞬で相手をしとめる毒針のような左フックだけは最後の最後まで失わなかった。

今回の坂本が、この左フックを小さく速く振ろうとしている努力を見せたのは期待を抱かせる光景だった。ただ、坂本の場合、ロビンソンやロイ・ジョーンズのような正真正銘のパンチャーではない。小さなパンチ一閃で、世界クラスが失神してしまうタイプのパンチではないのだ。

とすれば、どうしても連打が必要だ。坂本は、ジョー・フレージャーになって欲しい。スモーキン・ジョーのフィニッシュ・ブロー、あるいはダウンを奪うパンチは99パーセント左フックに決まっていた。だが、この左フックをヒットさせるために、左右とも恐るべき手数を出し、激しいリズムで動きに動いた。

フレージャーはかなりの強打者ではあったけれど、タイソンのような切れ味も、フォアマンのような破壊力もなかった。1発では世界トップは倒れない。だが、3発続けて決めれば、あるいは疲れたところにビッグヒットさせれば、モハメド・アリでももんどりうって倒れた。

坂本は同タイプの偉大な先輩、浜田剛史と比べて踏み込みが足りない、とはよく言われることだ。だが、浜田ほどいちかばちかの突っ込みをしなくてもいいだろう。浜田はワンパンチで試合を終わらせることができたが、坂本は違うからだ。ただ、今の倍くらい、フレージャーのようにテンポアップして、手数も1・5倍くらい出してほしい。世界王座を奪取するには、どこか頭のかたすみにこびりついている「一撃必倒」の妄想を捨ててかかる必要があるのではないか。

今度こその野望達成に燃え、かつてないテンポで初回から相手を追いまくる、そんな坂本を「最後の世界戦」で見てみたい。そんな光景が現前したら、僕はたぶんそれだけで泣くだろうな。


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