●「チャンピオン」の原像

 どの時代にボクシングに魅せられたかによって、その人なりのボクサーの「原像 」あるいは「原イメージ」というものが決まってくるものだろう。  たとえば、昭和40年代にボクシング狂になった僕にとって、ボクシングの「原イ メージ」は、日本テレビのあの有名なスポーツ・テーマ音楽(「ジャイアント馬場 のテーマ」と呼ぶ人も多い)に乗って、颯爽とリングに近づいてくる大場政夫であ り、西城正三だ。  ライトに映える白あるいはメタリック・ブルーのガウンが、やぼったい背広を着 た男性の観衆の熱い視線の中を弾みながらやってくる。小走りに、シャドー・ボク シングを繰り返しながら(会場はもちろん、日大講堂だ)。すでにワセリンの塗ら れた頬は、緊張の汗とまじりあっててらてら光っている。コーナーからリングに上 る際、七三分けのアナウンサーがマイクを差し出す。「KOで勝ちます」と、平凡 で力強いセリフ。大歓声の中、ぱっと飛び出すようにリングに上がると、肘を軽く 曲げたまま両手のひらを頭上にかざし、そのまま軽く旋回しながら四方に挨拶。リ ング・アナウンサーに紹介のコールを受ける際も、もう一度、この「ボクサー・ポ ーズ」− 。  ああ、あれこそが日本のスター・ボクサーの姿であった。眩しすぎるライトの中 、ボクサーしかやらないあの動作で観衆に挨拶する大場、あるいは西城。やがて鳴 り響く緊迫のゴング。涼しい顔で体を反転させ、軽やかにコーナーを離れるチャン ピオン(この瞬間の西城を、作家三島由起夫は「昔の同級生に呼び止められたかの ように」と表現した)……。  今、あの雰囲気をリアルに伝えてくれる瞬間といえば、世界戦のリング上で協会 長として紹介される時のファイティング原田会長の独特の「回転挨拶」しかない。  そんなノスタルジーにひたるのが好きな僕は、自分の「原イメージ」を多少とも 表現してくれるボクサーには、少女のように恋に落ちてしまう。それは最近では平 仲明信であり、現役なら坂本博之だ。平仲は両グラブを頭上にかざしてボクサーら しい挨拶をしてくれた。坂本君、世界戦のリングで思いっきりクラシックな「あれ 」をやってくれないかな……。