●名護明彦 対 山口 圭二

 (日本S・フライ級タイトルマッチ:10月25日・沖縄県宜野湾市)

名護 明彦

22歳

12勝9KO

山口 圭二

24歳

25勝10KO3敗

 

好カード目白押しの今年の日本ボクシング界だが、この対戦は究極ではないだろうか。たしかに畑山−コウジ戦も好カードだったが、あの試合は予想は「畑山のKO勝ち」でほぼ固まっていた。そして、コウジ有沢の素晴らしい頑張りで大熱戦にはなったものの、言ってしまえば畑山のワンサイドな優勢の果てのKO勝ちだった。

今回は違う。元世界王者ながらまだ24歳と上がり目はいくらでもある山口と、攻防に天才的な冴えを見せるニューエイジ・ボクサー名護の対戦は、単純な予想を許さない。しかも、両者の力量からいって、日本人同士の対戦による史上最高の試合内容さえも期待できる(ああ、そんな試合がテレビでは琉球放送が深夜に流すだけとは! )。

両雄ともに、過去に素晴らしい試合を見せている一方で、未知の要素も十分に残している。まだ底を見せていない名護の才能がどれほどのものなのかは、つねにボクシング・ファンをぞくぞくさせてやまないが、すでに3敗を喫している山口もまた底の割れたボクサーだとはとても言えない。たしかにピチットやボニージャには痛烈なKO負けを喫してはいるが、過酷な減量苦の影響もいなめない。なにより、あの苦杯を薬としてステップアップするだけの若さが、まだ山口には十分備わっている。

名護が松倉戦で見せた、空恐ろしいまでのクールな殺し屋ぶりは、目の肥えたボクシングファンさえ体験したことのない何かを予感させた。だが、山口がカルロス・ムリージョに2連勝した圧倒的なスピード・ボクシングもまた、とてつもない未来を垣間見させたはずだ。しかも、あれは世界タイトルマッチだったのである。

これまでの両者の最高パフォーマンスを比較するなら、山口の方が上だろう。すなわち、ムリージョ戦の山口を確実に捕らえると言わせるだけの攻撃は、まだ名護は見せていない。たしかに松倉戦の名護のツメは鋭かった。しかし、松倉にパンチを当てること自体は、8回戦ボクサーでもできるのだ(松倉の凄さは、「それなのに」というところからはじまる)。山口は世界戦では2連続KO負け中だが、相手はいずれもシャープでしたたかな世界一流ボクサーだった。もし、名護が胃腸炎を完治できなかったりして、ベストコンディションを作れないことがあれば、山口を捕まえることはできないだろう。

松倉のようなファイター・タイプ相手では隠蔽されるが、名護は攻防分離の傾向を完全には克服できていない(もっとも、これは名護の卓抜したディフェンス感覚と表裏をなすものだが)。山口が過去2試合の世界戦のような打ち合いに出ず、ボニージャ戦のような遠距離からのストレート戦法に徹したら、名護が勝機を見出すには、その底知れぬ懐から新しい武器を取り出す必要があるだろう。

一方で、山口にも不安材料と言うか、疑念が残る。山口の勝利を予想する論者たちの多くは、「山口は自ら望んだ名護戦では、世界戦以上の緊張感を維持しうるはずだ。ピチット戦、ボニージャ戦のような雑な打ち合いには出ないだろう」と言う。しかし、そんなことがあるだろうか。それはたしかに、山口にとって名護戦は独特のモチベーションをもって臨める試合となるだろう。だが、ボニージャ戦等の雑な打ち合いの果ての敗戦を「緊張感の欠如」と見るのは、誤解ではないか。

世界戦等の大きな試合で、ボクサーが得意でもない打ち合いに出て敗れる場合、その原因の多くは緊張感の欠如ではない。全く逆だ。つまり、過度の緊張である。山口は、多くの同タイプのキャラクターを持つボクサーと同様、豪胆な外見に見合わず、小心な一面を持つ。最初の世界挑戦だった崔戦やカスティージョ戦では無我夢中だっただろう。だが、一度は頂点をきわめ、周囲の期待を集めるようになってからは、緊張が過剰になり、アウトボクシングを維持できなくなったのではないだろうか(インファイトよりも、アウトボクシングの方が緊張感と、それに耐える精神のタフネスを必要とするとは、よく言われることだ)。

精神面ということで言えば、名護にも不安はある。クールで知的なボクサーの名護だが、22歳にしてはできすぎたところがある。9月の「神経性胃炎」騒動は、あまりにきちんとした22歳の青年・名護の神経を、彼の胃袋が支えられなくなったのかもしれない。まして今回は、初めて地元沖縄に錦を飾る試合だ。具志堅師匠も、かつてこのケースで生涯最初にして最後の黒星を喫している。正直、このカードを名護の故郷で挙行するマネージメントには過信、もしくは意気込みすぎの心配がなくはない。

さらに、これは推測だが、山口は視力がかなり落ちてきているのではないだろうか。しばしば他のボクサーの試合のリングサイドに現れる山口だが、その際、かなり度の入った眼鏡をかけている。かなりの近視のボクサーは珍しくはないが、山口のベスト・ボクシングをするには、目が相手の動きを敏感にとらえている必要があるはずだ。もしも、最近の「無謀」な試合が視力の衰えによるものならば、むろん名護のチャンスは限りなく大きくなる。まあ、これはあくまでも邪推だ。

加えて言えば、山口は本来完全なアウトボクサーではない。攻める時は近づき、回転の速い連打で打ち勝ったと見るや、ぱっと離れて自分だけの距離に身を置くのがベストの展開だ。その点、名護は彼にとって難敵である。名護と山口、どちらがスピードがあるかは微妙な問題だが、体格を考えれば、距離が離れたときは山口に制空権がある一方で、至近距離でのパンチの回転は、正確さも含めて名護の方が上だろう。したがって、山口は接近戦で打ち勝つことはおそらくできまい。

試合の予想だが、山口は当然距離をとって戦い始めるだろう。一方の名護も「必勝法」しかとらない選手だ。したがって、無理につめることはせず、リズムを取りながら、機を見てボディに手を伸ばす程度だろう。おそらく、先に出るのは山口だ。早ければ2回、おそくも4回あたりまでには、距離を詰め、ストレートを打ち込もうとするだろう。当然、名護は研ぎ澄ました右フックを振るう。まさかとは思うが、ここで山口がボニージャ戦のように無策なら、この右フックが当たってしまい、下手すれば終わりだ。サウスポー同士という点では松倉戦同様、名護の必殺右フックはより理想的な軌道を走ることになるのだし。

だが、ここで山口がガードを上げるなり、顔を瞬時にずらすなりして、名護のフックを避けることに成功するなら、試合は面白くなる。名護の右フックは、普通のKOパンチャーの得意パンチと異なり、角度を微調整しながら戦うことが可能だ。山口がかわすなら、当たりやすい角度をコンピュータ測定で模索しながら、多彩なフックを繰り出してくるだろう。

名護の変形する攻撃パターンに対応するだけのポテンシャルも、山口にはある。互いのプラスアルファをぶつけ合いながら、見たこともない世界に僕らを連れていってほしいものだ。

 


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