[戦評]▽WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦
 
☆3月9日・日本武道館

               挑戦者 アレクサンデル・ムニョスTKO 王者 セレス小林
8回1分31秒

 「早く止めてくれ」、という思いと、「まだいける。勝てるのでは」という気持ちがこれほど交錯した観戦もあまり記憶にない。小林は、最後の最後まで勝ちにいっていた。あれだけダウンをすれば、どれほど偉大なチャンピオンでも「敗者」の顔になってしまっていることが多い。けれども、小林の顔は、レフェリーが腕をクロスする瞬間までは、どれほど苦しい場面でも鷹の目の光を失っていなかった。

 まれにみるダイナマイト・パンチャー、ムニョスを相手に、小林は自らを燃やし尽くすようなファイトを見せてくれた。技術、ガッツ、両面において、「名世界王者」と呼ぶにふさわしい試合ぶりだった。

 小林はムニョスのスタイリッシュなボクサーファイター・スタイルを封じた。距離をうまく計り、左ボディーストレート、右ショートフック、でシャープにきりこんだ。無敗のハードパンチャー、ムニョスの強打をかいくぐって、勇気あるブローを何度も決めた。とりわけ左ボディーブローはムニョスの体をしばしば海老状に折らせ、明らかにトラブルに陥らせた。

ムニョスは試合後、「ラウンドが進むにつれて、私のほうが技術的に優れていると確信した」というが、そんなことはないだろう。あるいは誤解だ。技術的には、足の運びといい、タイミングといい、バランスといい、小林の方が優れている点が多かった。勝負を分けたのは、パンチ力の差と、それに対する小林の対策ミスだ。

 なるほど、ムニョスは天分豊かなファイターだった。僕は戦前、「エロイ・ロハスやアントニオ・エスパラゴサ程度では」と書いたが、これはかなり外れていた。ムニョスはもっと天才型だ。技術的には、彼らには及ばない、かなり「青い」ファイターと言えるだろう(練習を何度も見た記者によれば、「練習ではすごいステップやコンビネーションを見せる」そうだが、“ジムの天才”はよく聞く話だ)。ただ、パンチ力と攻撃勘はすごい。ベネズエラの先輩で比較するなら、むしろレオ・ガメスに近い。

 ムニョスのパンチの質感に一番近いと感じるのは、プエルトリコのウィルフレド・バスケスだ。全身のバネが連動しているため、大振りでスピードが無くてもヒット率が高く、どんな場面でも、ラウンドが進んでも、パンチが拳ふたつ分伸びる強打が打てる。

 この攻撃に対処するのに、小林はじつに日本的な防御を用いてしまった。単に顔の前にグローブを揃えるだけの「ガード」だ。しかし、あそこまで強いパンチは、ただグローブを出しているだけでは防げない。実際、小林はガードの上を叩かれても、結局は効いてしまっていた。ムニョスのパンチは速くはないのだから、極力パンチの軌道を読んで、ムニョスのパンチを逆に肘ではじき返すような「ブロッキング」で食いとめようとすべきだった。

  6回あたりから、小林がガードをかなりオープンにして、やけ気味の打ち合いをしてしまったのも悔やまれる。たしかに序盤からダメージをためこんでいたが、やはりあの場面で受けた右ストレートが致命的な一撃になった。どんなにムニョスのパンチが強くとも、徹底的にクールに戦えば、まだ目はあったのではないか、と思う。

 もとより小林の肉体も、さまざまな故障箇所をかかえているようだ。29歳、ファンの脳裏に焼きつく試合も残し、引退するには悪くない時期でもある。しかし、ムニョスが今のままだとしたら、雪辱の可能性も十分にあるのではないか。


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