●松倉義明 対 名護明彦

 (日本J・バンタム級タイトルマッチ10回戦:3月9日)

松倉義明

26歳

17勝15KO2敗

名護明彦

9勝7KO無敗

 

 

 

 

  松倉は穴の多い王者だ。動きが固く、よく打たれ、ダウンもする。パンチの出

し方も、あまりスムースとは言えない。ところが、松倉の“魔力”は、これらの弱

点をすべて「罠」に変える。妙にパンチが当たるのに気を良くした対戦者がうかつ

な攻勢にでもでようものなら、惨事が起こる。松倉の狂暴な左は、独自のタイミン

グで繰り出されるだけに、いざという時、防御が困難なのだ。高橋ナオトとジャッ

カル丸山を足して、よりぎこちなくし、よりパンチを強力にしたようなファイター

が松倉だ。

 英才・名護にも欠点はある。右利きのサウスポーによくあることだが、左ストレ

ートの軌道が甘く、威力、正確度とももうひとつだ。また、パンチを出した腕の反

対側のガードが無防備に下がったままのことが多い(これも、右利きサウスポーゆ

えのバランスの不完全さから来るのだろう)。

 

 ただし、両者の「欠点」を比べると、やはり名護のそれの方がカバーしやすいこ

とはたしかだ。距離を話して打ち合いを避け、右で試合をコントロールする限りに

おいて、松倉が名護の欠陥をつくのは難しいだろう。名護のガードが下がるといっ

ても、接近戦をしなければ致命弾を受けることはあるまい。名護が「確実に勝つこ

と」を至上命題として戦ったら、退屈な展開の果てに判定で勝つことは容易かもし

れない。

 

 スピードと右フックの鋭さで優る名護は、いつものように距離を取り、間をつめ

ようとする松倉の出鼻に右を放つだろう。名護の右フックは時としてワイド過ぎた

り、オープン気味になったりするが、サウスポー同士であるため、軌道が修正され

、いつもより効果的にヒットしやすいはずだ。

 

 正直、この試合は「好カード」として騒がれすぎではないか、という気がする時

さえある。ボクシングの技量ははっきりと名護の方が上なのだ。たしかに松倉のパ

ンチは爆発的だが、両者のボクシングのグレードの差はパンチ力だけでは到底埋ま

らないように見える。名護が勝ってしまえば「な〜んだ」という印象が残るのでは

ないか?

 

 いや、それでも、やはり何か割り切れないものが残る。松倉の放つ、妖気のよう

な凄みだ。大雅アキラの死も乗り越えて戦う、この無骨なパンチャーの全身からは

、理屈抜きの殺気が漂っている。ボクシングは単なるスポーツではない。格闘技の

中でも、もっとも恐怖に満ちた戦闘なのだ。松倉のこの殺気は重要なファクターだ

。そして、名護のクールな瞳の向こうにも、天才的ファイター独特の荒涼たる風が

吹いているように見える。

 そうだ。やはり、ファンは正しい。この試合ほど前近代の果たし合いの恐怖を感

じさせるカードは近年なかった。