●マルコム・ツニャカオ対セレス小林

 (WBC世界フライ級タイトルマッチ:8月20日・両国国技館

マルコム・ツニャカオ

22歳

11勝7KO

セレス小林

27歳

22勝13KO4敗2分

 

僕だけでなく、ほとんどのボクシングファンが、小林の世界王座奪取を期待(予想するという意味で)してはいないだろう。小林は日本王者としても特別高い評価を与えられるボクサーではないし(むろん、弱体政権ではないが)、部分的に抜群の能力を持っているわけでもない。リック吉村が世界挑戦できないのに、セレス小林にチャンスが与えられることは基本的には理不尽な話でさえある。

チャンピオンがほとんど幸運だけでタイトルを取ったようなボクサーだったり、長期政権の末期でそろそろヨレてきているとでもいうのなら、期待も多少は膨らむかもしれない。しかし、王者ツニャカオはタイの豪傑メッガンをストップして王座についたばかり。その上,フィリピノ・ボクサーらしいなめらかな技巧とバランスの良さを備えた万能型のボクサーだ。「意外な弱点」をさらしてくれる可能性はかなり小さい。

……だがそれでも、いや、それだからこそ、今回の挑戦には一縷の希望がある気がしないでもないのだから、つくづくボクシングは奥が深い。「何もウリがないボクサー」が、いつの間にかおそろしいほどの実力を備えていることがあるのだ。

小林の先輩である、レパード玉熊が典型的な例だ。グリーンボーイ時代は、新人王こそ獲得したが、「体が硬い」、「ぎこちない」、「打たれ弱い」、「パンチがない」と、散々な評価で、とても将来世界の頂点を極めるという雰囲気はなかった。それが、少しづつ,ひとつひとつ課題を克服してゆく中で、押しても引いても崩れない堅牢なスタイルと,地味だが正確で強いブローを身につけていった。

小林にも,「玉熊」になる可能性はある。かつて、地味な小林が日本王者になると確信できた人はほとんどいなかったはずだ。しかし、スズキ・カバトの壁に苦しみながら、小林は安定した力を醸成した。浅井勇登に圧勝した試合は、たしかに「世界ランカー」の姿だった。

むろん、現時点での浅井に完勝しても、世界王者に勝つと予想する材料にはならない。逆に,秋田勝弘にじつは負けていた(僕の採点では、小差ながらはっきり秋田の勝ちだった)試合を思い出すと,「あれが将来の世界王者? 」と首を傾げざるをえない。だが、「玉熊型」の選手は、自分と相手の力がはっきりわかるから、むやみに萎縮しないかわりに、がらにもなく相手をなめることもあるのだ。世界を取る直前の玉熊も、はるかに格下の相手にしょぼい試合をして、じつに不愉快そうな顔をしていたものだ。

とにかく、予想するなら圧倒的不利は否めないが、ボクシングは基本的に「努力型」の方が勝つスポーツなのだ。これまでの研鑚のすべてを叩きつけてほしい。

 


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