[戦評]▽日本フェザー級タイトルマッチ10回戦
 
☆3月11日・横浜アリーナ

○挑戦者 雄二・ゴメス TKO8回2分17秒 ●王者 木村 鋭景
 
mario kumekawa

 僕は、展望記事では、「サムシング・スペシャル」がなければ、ゴメスは勝てまい、と書いた。スペシャルな何かはあったのか? 

 結論から言えば、やはりあったと言うべきだろう。そして、ゴメスのボクシングを見て、僕にとっての「ソニー・リストンの謎」も少しだけ解けた。それはつまり、「圧倒的なパンチ力、ガードの上から殴っても倒せるくらいのパンチ力があれば、スピード、テクニックの差は克服し得る」というシンプルな事実である。

 僕は、ヘビー級じゃあるまいし、木村のディフェンス力があれば、ゴメスの猛攻もどうにかしのぎ、鋭いショートパンチで徐々に「怪物」をしとめていくだろうと思っていた。しかし、試合が始まると、両雄のパワーの差は想像していたよりもはるかに大きなものだった。ゴメスのパンチは、体のどこかにさわりさえすれば、木村から相当の体力を奪っていった。ガードの真上から叩いても、よほど覚悟して足を踏ん張っていないと、飛ばされるのである。

 同じウェイトなのに、このパワーの差はなんだろう? 人種、スタイルの違いということでは、説明がつかない。だが、リングサイドであらためてゴメスのファイト・スタイルを見て、「なるほど」と思った。ただ筋力に秀でているだけではない。強靭な脚力、腹筋、背筋、そしてヒットマッスルが生み出す力がすべてきれいにつながり、拳へと収斂していく。思えば、あのリストンのジャブも、しっかりふんばった下半身からゆっくりとマジックハンドが伸びるように出され、ガードを突き破って相手のアゴを砕いた。

 ゴメスはパワーリフティングであのムキムキの体を作り上げたのだということを思い出した。パワーリフティングや重量挙げは、ただの力比べではない。単なる筋力では、あの常識はずれに思いバーベルは持ちあがらない。全身の骨と筋肉を一瞬のタイミングですべて使いこなさなければならないのだ。僕の幼馴染で、重量挙げの五輪選手がいるのだが、彼がちょっと準備運動をするのを見ただけでもしびれたものだ。軽く跳躍するときでさえ、全身が緻密に連動していた。

 トレーナーの皆さんは、雄二ゴメスのパンチの出てくるさまを研究する価値があるだろう。同じ体重で、あれだけのパワーの差が生まれるには、筋力だけでなく、技術的な理由があるのだ。

 だが、今回の試合で、ゴメスが見せた「サムシング」はそれだけではなかった。

 木村は、中盤にはそれなりにリズムをつかんでいた。ゴメスのパンチの衝撃に耐えるタイミングを覚え、逆にプレッシャーをかけかえすシーンさえ作っていたのだ。ゴメスの攻めこむタイミングは単調で、徐々に木村の術中にはまるかに見えた。

 ところが、7回あたりから、ゴメスは戦術を変えたのだ。すなわち、大きな左右フック、アッパーをやめ、左フック主体で攻めるようになったのである。強打者がその持ち味を最大限に発揮できるパンチが左フックであることは、昔からのセオリーである。もっとも小さく、最も相手に近いところで爆発する爆弾。左フックに十分な決定力があるボクサーは、最後の最後まで危険なパンチャーでありえる。

 ゴメスは、試合も後半に入ってから、この左フックを攻撃の中心に据えなおした。マイケル・モーラーを10回に一瞬で捕らえたジョージ・フォアマンと同じ戦法だ。さすがの木村もこれにはすぐには対応できず、左フックが何発か顔面をかすめるうちに、足元が怪しくなってきた。

 最後は、耳の後ろ当たりに振り下ろされた右オーバーハンド。これも、珍しい当たり方で、ゴメスならではのパンチだった。ダウンと同時に帝拳スタッフがリングに飛び込んできたのは、それまでに木村がこうむったダメージの深さを物語るシーンだろう。

 僕は、展望記事で「ゴメスのテクニックは4回戦並み」と書いた。しかし、当然ながらこれは取り消させていただかねばなるまい。ゴメスは戦い方はシンプルだが、自分の持ち味を存分に出しきる方法をマスターしていた。木村は「フェイク」ではなかったが、ゴメスは本物のKOアーティストだったのだ。


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