[戦評]▽WBC世界S・フェザー級タイトルマッチ12回戦
 
☆2月5日・有明コロシアム

               王者 ウィリー・ホーリン 引き分け 挑戦者 佐藤 修
 
114-112
114-114
113-113

mario's scorecard

ホーリン        

10
10

10
9

10

10

9

9

8

10

9
9
113

佐藤 

9

9

7

10

9

9

10

10

10

9

10

10

112
 
 
mario kumekawa

 3回で試合が終わっていれば(ホーリン自身が言っていたように、「あと10秒あれば終わっていた」かもしれない)、歴史上いくつかある「話題にするのもはばかられる超惨敗世界戦」のひとつとなっていただろう。それが、一転してドロー……。逆にもしも勝っていれば、洪秀煥−カラスキリャ戦にも匹敵する『グレート・サバイヴ』として歴史に刻印されたに違いない。

 だが、「惨敗」を「大健闘」に変えた最大の要因は、やはり佐藤のガッツだろう。世界戦で、これほど手を出し続けた日本人ボクサーはそうはいない。チャチャイ戦の大場政夫、リチャードソン戦の辰吉丈一郎……、佐藤は歴史的ヒーローたちに匹敵する炎の猛攻をしかけた。

 国内レベルの試合では、たしかに終盤に強い男だったが、世界戦で、KO負け寸前から立ち直ってこのラッシュだ。それも、技術でもスピードでも劣っている佐藤が、ガードを固め、歯を食いしばって前進することで王者を追いこんだ。その勇気、闘志、そして鍛錬。いくらたたえても余りある偉大なファイトだった。

 しかし一方で、この試合は佐藤の「痛恨のミス」とも言える。ホーリンは、4回以降突然戦力ダウンしたわけではないのだ。32歳の王者は、やはり軽量級ボクサーとしては「老境」にさしかかっており、スタミナにも不安があった。ラリオスとの初防衛戦は、不調による苦戦ではなく、ホーリンの今の実力だったのだ。加えて、本人も認めるように、1年以上のブランクによる試合勘の鈍りもあった。「おいしい王者」だったと言わざるをえない。

 しかも、佐藤陣営の大竹重行トレーナーは、ホーリンの武器を正確に把握していた。ホーリンの主武器を、フック気味に思いきって振ってくる右と、それに続けて「逆ワンツー」気味に放つ左フック。この2種類のパンチを警戒し、入念に防御練習をしていたというのである。その、もっとも警戒していたパンチを、第3ラウンド、もろにカウンターで受けて大ピンチを招いてしまった。このシーンの直前、佐藤の左右フックでホーリンの足がわずかにふらついた。初回、2回と鋭い右フックでプレッシャーをかけられた後だっただけに、はじめて訪れ(かけ)たチャンスに若干浮き足立ってしまったのだろう、そこで、あの「逆ワンツー」をもろに受けた……。

 佐藤は、4ラウンドになるとガードを高く上げて、当初のプラン通りホーリンの得意パンチを封じ始めた。王者は鋭く左右ボディーを叩き続けたが、佐藤はまったく動じず、ガードを下げることもしなかった。ここから、重戦車のような攻撃がじわじわと始まっていったのだ。

 挑戦者が、試合前に立てたであろうファイトプランをクールにやり抜くことができていたら、今回圧勝する可能性すらあったのかもしれない。そういう意味では、王座を逃す最大の原因にもなった3回の大ピンチは、佐藤のボーンヘッドだった。 

 だが、これを「良い経験」と言えるように、佐藤の一段の戦力アップを望みたいものだ。世界初挑戦で悔しいドローを味わった後で、頂点に立ったボクサーは近年珍しくなくなってきている。畑山隆則、飯田覚、セレス小林……。本格的な世界レベルの修行を積む場のない日本人ボクサーにとって、世界戦は(皮肉なことでもあるが)しばしば最高の勉強の場にもなる。とりわけ、飯田や小林は、当初「世界を狙うホープ」とは思われていなかった。ある意味で佐藤同様、決定的な武器に欠けていた彼らは、努力と工夫を重ねる中で、天才型のボクサーには逆に難しい懐の深いボクシングに到達したのだ。

 佐藤が飯田やセレスに続く期待は、急速に膨らんできた。


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