展望: ギジェルモ“ウィリー”ホーリン 対 佐藤 修

 WBC・S・バンタム級タイトルマッチ12回戦:2月5日・有明コロシアム

ホーリン(米国)

32歳

28勝12KO無敗

佐藤 修 (協栄)

25歳

25勝14KO1敗1分

 

 たとえば、見るものを圧倒するようなファイトを見せる石井広三のようなライバルと比べると、佐藤修はかなり地味な存在だ。

 だが、佐藤がある一定レベルの試合内容を、しかも安定して見せつづけてきたこともたしかだ。元高校王者だった根間仁を寄せつけず、趙龍仁からOPBF王座を獲得し、KOで初防衛も果たした。アジアの外国人選手相手が多かったとはいえ、5年間無敗で21連勝はたしかに「世界」を狙うべき実績だろう。

 佐藤のスタイルは安定している。協栄ジムらしい几帳面な構え、きっちりしたリズムを刻む上体とフットワーク、隙の少ない動きとコンビネーションブロー。骨格・筋肉もしっかりしており、日本人ボクサータイプにありがちなひ弱さは少ない。

 よくまとまったボクサーファイターの好選手、それが佐藤修だろう。しかし、ではどういう武器で「世界王座」を奪取するのか、ということになると、「うーん」と首をひねる人が多いのではないだろうか。佐藤は、世界レベルのボクサーを文句なしにねじふせるような武器を持ち合わせてはいないのである。

  こういう佐藤のような、強力な決め手に欠けるボクサーが世界王者になるには、相手に大きな欠点があることが条件になるのではないか。「勝利をつかむ」というより、佐藤がスキを見せずにいるうちに、相手のほうが徐々に崩れていくというパターンだ。

 その意味では、ホーリンよりも、当初挑戦する予定だったオルテガの方が、佐藤にとっては突破口が見えやすかったに違いない。オルテガは、ホーリンよりも明らかに攻撃力で優るが、スピードはそれほどでもなく、不器用なファイターだ。佐藤がトップスピードで戦い抜くことができれば、ペースを奪う展開は想像できた。

 だがホーリンは、佐藤にとっては攻略しにくいタイプだと思う。スピード豊かなフットワークとトリッキーな動き、パンチ力は軽いがめまぐるしいコンビネーションブローで相手を圧倒するのがホーリンのボクシングだ。佐藤得意の粘闘に持ちこむのは難しい。

 技術も、スピードも、ホーリンが一枚上と考えざるをえないだろう。キャリアからいっても、ホーリンはアマで2度ジュニア世界王者になり、米国五輪代表決定戦でも準決勝で惜敗したエリートだ。アマ戦績も158勝18敗と見事なもので、プロではまだ無敗である。アメリカでこれだけの実績を残してきたホーリーンに対し、佐藤はまだ真の世界レベルのボクサーとの対戦経験はない。これまでのように、じっくり戦って地力勝ちするような展開は、今回は望めまい。

 かといって、攻撃力で技術の壁を突破するのも難しい。佐藤は打ち合って弱い選手ではないが、自分から攻撃をしかけていって倒すタイプではない。ジャブにしても、ストレートにしても、拳の軌道がもうひとつ遠くまで伸びていかない(これは以前、畑山隆則も指摘していたことだ。たしかに、好調時の畑山のパンチは、日本人にしてはよく打ち抜かれている)。伸びのないパンチは、世界チャンピオンを本当に痛打することはあるまい。

 ようするに、今までの佐藤のボクシングだったら、客観的に見て勝てる要素は少ない、と言わざるをえない。予想はかなり「不利」である。

 とはいえ、ホーリンも鉄壁というわけではない。まず、ガールフレンドとのごたごたに端を発したという人間関係のもつれで作った丸一年のブランクだ(フレイタスもそうだった。最近多いな、そういう話)。王者にとり、これが不安材料にならないとは言いきれない。

 加えて、ホーリンは昨年1月にオスカー・ラリオスと行なった初防衛戦が大苦戦で、判定勝ちも「地元判定」の声が多く聞かれた。このラリオスの闘いぶりは、佐藤にとって参考になるはずだ。というのも、ホーリーンがラリオスに苦戦した大きな要因のひとつが「体格差」だったからだ(まあ、ラリオスは「王国メキシコ屈指のホープ」という評判の実力者だったから、ということももあちろんあるが……)。

 小柄でパワーにも欠けるホーリンは、たくましい相手に力づくで出てこられると、もてあましてしまう場面がある。170センチの佐藤は、ホーリーンよりも5センチ背が高いが、体全体で見ると、二まわりほども大きい。

 佐藤としては、ブランク開けのチャンピオンが試合勘を取り戻す前に、体で一度押し込んでしまいたい。ホーリーンがリズムを掴んで、得意のジャブを打ちながらじりじり前に出てくるのを許すようだと苦しい。ショルダーやエルボーで押しこむなど、反則ぎりぎりのダーティタクティクスを用いてでも、ホーリーンを後退させ、リズムをかき乱すことが必要だ。

 最初の3回くらいは、たとえポイントを奪われても、ホーリーンが「やりづらいな」という顔をしたら、成功だ。そうしたら今度はさらに先手を取って、佐藤本来の端正なボクサーファイターに戻す。一度リズムを乱された後で、しかも苦手な大型ボクサーを相手に、ホーリーンもそうそう簡単にはペース修正できないだろう。ブランクの影響もある。

 中盤の佐藤は、得意の左フックを、神経集中して用いるべきだ。あまり無駄打ちすると、そこは百戦錬磨のホーリーンだ。ガードのあいたところに鋭いブローを刺し込んできて、佐藤を痛めつけるだろう。佐藤は無駄打ちをさけつつも、ホーリーンのフットワークについてゆき、相手の出鼻には「怖さ」のある左フックを放ち続けなければならない。単に攻撃としてではなく、ホーリーンのリズムを立ち切る意志を込めた左フックだ。

 7回ぐらいからは、再度体で押し込む戦術に切りかえる。終盤のホーリーンの疲れを待つためだ。ホーリーンのジャブを調子にのせないために、上体はけっして起こさない。小さなホーリンののど元あたりに頭を持っていって、ショートの連打でじわじわ攻めあげる。リーチは佐藤の方があるとしても、距離はむしろつまり気味、できれば至近距離での攻防に終始できるといい。距離が開いた上体で長時間いると、ホーリンに動き負けてしまうだろう。

 とにかく、武器の少ない佐藤は、先手先手で戦術を切り替えることが必要だ。リードできないまでも、誤魔化し、疲れさせるのだ。終盤までポイント差があまりない状態でいけたなら、あるいは体格と若さに優る佐藤により余力があるかもしれない。そこで、勝負の連打、連打、連打だ……。

 好青年でマスクも良い佐藤の快挙を祈りたい。

 

 


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