☆12月29日・大阪市中央体育館

▽WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦

○ 挑戦者ウィラポン・ナコンルワンプロモーション VS ● チャンピオン 辰吉丈一郎

TKO6回2分52秒

mario's scorecard

辰吉丈一郎

9

10

9

9

9

46

ウィラポン

10

9

10

10

10

49


by mario kumekawa

お互いの持ち味が十分出る相性だけに好勝負を期待していたが、ウィラポンの方だけがエンジン全開になってしまった、

ウィラポンは恐い挑戦者だとは思っていたが、このKOは衝撃的だ。ラバナレスや1階級上の王者であるサラゴサの直撃や乱打を受けてもマットに倒れることはなかった辰吉が、文字どおり轟沈されたのだ。

辰吉のコンディションはどうだったのだろう? 今回大阪に行けなかった僕はTV観戦していたのだが、TV中継が始まって不安がつのった。両選手の入場前に、辰吉がジムでインタビューに答えているビデオが流れたのだが、あまりろれつが回っていないのである。辰吉ほど激闘をこなしてきたボクサーなら、デビュー当時よりは口が重くなって当然ではあるのだが、それにしてもアヤラ戦の前には、これほどではなかったと思うのだが……。

リングに上がってきた辰吉の表情も、やや覇気に欠けているように見えた。これが単なる落ち着き、余裕ならいいが、と思ったものだ。一方のウィラポンが凛々しいまでに気合が入っていただけに、ますます不安がつのる(それにしても、大阪の[辰吉の]ファンの花道への突進は凄まじい。僕も2度ほど通路際に席があったばっかりに、押し寄せるファンの下敷きになってホントに死ぬかと思った。これから戦う選手にあれは可哀相だ。プロレスやK−1みたいに花道を高く作るとか、興行側の工夫が求められる)。

ウィラポンの最初の成功は、辰吉のスピードに対してあくまでもジャブの突き合いで対抗したことだろう。スピードでの劣勢を意識したウィラポンは、それでも左ジャブをあきらめず、厳選したタイミングでストレートのように強いジャブを打った。その結果、スピードと手数で上回っているはずの辰吉の左ジャブよりも、ウィラポンのそれのほうが優位に立ち、辰吉の焦りを誘ったようだ。だが、これは高度かつ困難な戦術だ。これを実現したウィラポンの鍛練と集中力は尊敬に値する。

プレビューでも書いたが、この試合では辰吉はあくまでもボクサーに近い戦い方をするべきだった。正面からの打ち合いでは、ウィラポンの方がテクニックが上だからだ。しかし、足の速さは断然辰吉だ。辰吉はサイドに速く動きながら、左をボディーから顔面に打ち分けたかった。序盤に正面からの攻防をしてしまったことで、辰吉はリズムに乗りそこない、ウィラポンのベストショットを何発か浴びた。

しかし、さすが辰吉もキャリアのあるファイターだ。5回には距離を離し、リズムを建て直しにかかった。世界戦の途中で戦法を微調整できるボクサーなど、そういるものではない。ところが、痛恨なことに、辰吉はすでに4回までに受けたダメージでもうかなり動きが重くなってしまっていた。リズムの転換は成功せず、5回、6回とウィラポンの強打が冴えわたった。

6回に喫したダウン、そしてフィニッシュシーンは、その時に受けたパンチの威力というよりは、積み重なってきたダメージについに耐え切れなくなったという形だった。6回という、まだ前半で起きたシーンとは思えない、それはまるで10ラウンドも消耗戦をしてきた果てのようなエンディングだった。

この結果が、辰吉の衰えなのか、ウィラポンの強さなのか、簡単には言えないだろう。ただ、もちろんウィラポンは凄かった。ムエタイで3階級にわたって無敵を誇った後、国際式に転向してわずか4戦目で世界の頂点に立ったウィラポンは、天才的な格闘家だ。30歳を迎えて、多少の衰えも指摘されていたが、この「ラストチャンス」に向けていかに心身を研ぎ澄ましてきたかは、試合を目撃した誰もが感じたことだろう。世界レベルでタフガイと言っていいはずの辰吉が前半で粉砕された攻撃力は、たしかにラバナレスやサラゴサよりも上だった。この試合のオフェンスなら、オリバレスに匹敵すると言ってもいいだろう。

辰吉の敗戦はたしかに残念だ。しかし、この男は今までどれほど僕たちを楽しませてくれたことか。どれほど嬉しい意味で予想を裏切ってくれたことか。国民的人気ボクサーは、最後(かどうかは、辰吉の場合はまだわからないが)は徹底的に惨敗するのが世の常だ。全エネルギーを燃焼させて戦うタイプのボクサーには、こういうシーンがいずれ訪れてしまうものなのだ。原田も、輪島も、具志堅も、その壮絶な落城によってもファンの心に何かを刻み込んでくれた。辰吉丈一郎という希代の英雄にとって、薬師寺戦やサラゴサ戦は最終コードとしてはまだ軽かった。この試合なら、「辰吉」という大曲が終わってもよいのではないかと、僕は思う。


コーナー目次へ