☆8月23日・横浜アリーナ

▽WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦

○ チャンピオン 辰吉丈一郎 VS ● 挑戦者 ポーリー・アヤラ

負傷判定

59−56

59−56

58−57

mario's scorecard

辰吉丈一郎

9

10

9

9

9

10

56

ポーリー・アヤラ

10

9

10

10

10

10

59

by mario kumekawa

 

結果は残念だったが、僕らはこの試合でこれまでで最高の辰吉を見たのではないだろうか。

初回、アヤラの左で辰吉が腰を落としかけた時は、対サラゴサ第1戦の悪夢がよぎったが、その後はサウスポー対策のセオリー通り、左へと回り続け、スピード満点の体さばきで挑戦者の電光のようなコンビネーションを空転させた。

辰吉がこれほど空間とタイミングを支配して見せたのは、プロ3戦目のチューチャード・エアウサンパン戦以来のことだ。しかも、相手はチューチャードよりもはるかにスピードのある、無敗の世界1位アヤラである。

この試合の、とりわけ2,3ラウンドの辰吉の動きは、ビデオで何度も鑑賞するに値する、特別な次元のボクシングだった。驚くべきことに、辰吉の才能は、過去数年の不運な怪我やそれにともなう絶望的な低迷を経てなお、彼の身体の奥底に完全な形で保持されていたのだ、と言わざるをえない。完全復活だ。少なくとも僕たちは、「昔の辰吉」を懐かしむ必要はまったくない。

ボクサーの衰えは、スピードとヒザの強さ&しなやかさに見て取れるはずだ。今回の試合で、辰吉はアヤラのべらぼうに速いパンチを、前方へのダッキングで何度もかわして見せた。難易度は高いが、安全かつ攻撃に直結する理想的なかわし方だ。リチャードソン戦や岡部繁戦の辰吉が、アヤラの左をあれほどまでに見事に空転させえただろうか。辰吉のスピード、バネ、勘は、「天才児」と呼ばれた頃のそれに戻ったか、それ以上に磨かれていると言って良い。

ただ、疑問も残る。素晴らしいコンディションにし上がりながら、辰吉は必ずしも勝利に驀進していたとは言えない。僕の採点では負傷判定なら負けだ。

「全体的にプレッシャーをかけてアヤラのボクシングを崩したかった」という辰吉だが、それが本当にできたのは2回だけだ。後のラウンドでは、辰吉の意図は破綻こそしていないが動きが大雑把すぎた。いかにも優勢に立っているような雰囲気には見えたが、有効打はアヤラの方が多かった。

辰吉は、リングに上がった時の自分のあまりの調子のよさをかえって持て余してしまったのではないだろうか。加えて、何発かまともに受けたアヤラのパンチがあまりにも軽かった。「これなら、勝てるで」、わりと早い時点で辰吉はそう思ったのではないだろうか。

3ラウンド以降の戦いぶりは、強打者が格下を強引に倒しにいくときの間のつめ方に似ていた。相手を呑んでいたといえば、まあそうだが、実際にはアヤラも十分ポイントを取れるパンチをヒットしてきた。辰吉の現状把握と、実際の試合展開にずれはなかっただろうか?( レフェリーが6回にアヤラから2点も減点しようとしたくらいだから、12回判定になっても「地元の利」が多少は有効だったのかもしれないが・・・)。

試合が続いていたとして、辰吉はあの雑なボクシングを自力で矯正できそうな気配はなかった。アヤラは辰吉とのパワーの差に苦しみながらも、正確さと手数で微差のラウンドを奪ったかもしれない。薬師寺がマッカラーに敗れた時のように、「なんとかできそうなのに、ずるずると」ポイントを失う展開を想像することは容易ではないか。

もう一息だ。蘇った辰吉が、その持てる能力を過不足なく生かして戦えば、1位アヤラといえど一蹴しうる。そのためのキャリアも、辰吉は積んできたはずだ。もはや「作品」とか「すんまへん」とか言わなくなった辰吉は、精神的にも充実している。スーパーチャンピオンの領域は手の届くところにある。


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