●辰吉丈一郎 対 ポーリー・アヤラ

 (WBC世界バンタム級タイトルマッチ:8月23日)

辰吉 丈一郎

27歳

16勝12KO4敗1分

ポーリー・アヤラ

28歳

25戦全勝11KO

 

「奇跡のカムバック」で世界王座に返り咲いたボクサーのたどる道は、大きく分けて2通りあるようだ。モハメド・アリやウィルフレド・バスケス、ルイシト・エスピノサのように、復活後さらに一時代を築く場合、あるいは輪島巧一、レイ・レナードらのように、王座復帰によって物語がひとつの完結を見てしまう場合と。

辰吉の場合、復帰後にひと時代を築きたいという思いは強くあるはずだ。眼疾等があって最初のタイトル保持の際には一度も防衛できなかった。それだけに、彼はスーパースターではあっても、一時代を築いたとは言えない。前回のソーサ戦で「悲願」の初防衛を果たし、初めて「辰吉王朝」が成立したと言えるだろう。「チャンピオン辰吉」の歴史を持ちたければ、少なくともいましばし勝ち続ける必要がある。

特に、今回のアヤラ戦は大きな意味がある。アマで360勝24敗、プロで無敗の25連勝という快記録を持ち、北米バンタム級王座も獲得しているアヤラは、掛け値なしの最強挑戦者だ。この相手に勝つことは、辰吉がシリモンコン戦で奇跡を起こしただけでなく、真に世界の頂点に立つボクサーとして復活したということを証明することになる。

さらに、ダニエル・サラゴサ戦の2連敗で「サウスポーは苦手」という風説を呼んでしまった辰吉だが、アヤラもサウスポーだ。ここでも、ネガティブな評価を払拭するチャンスである。

さて、その試合の予想だが、僕は辰吉に分があると見る。
理由はいくつかある。まず、例によって、「予想が有利だとろくな試合をしない」というアマノジャクな性格が、この「強敵」アヤラ相手ならまずい方には働かないだろう、ということ。辰吉はベストに仕上げ、体力と動きの切れは上々でリングに上がってくると見る。

そうなれば、辰吉の最大の武器である打たれ強さとスタミナ、そして3段ロケットの攻撃力がものを言ってくるはずだ。アヤラはテクニックとスピードでは上回り、辰吉に相当シャープなパンチを当てるだろう。だが、ラバナレスやサラゴサにぼっかんぼっかん殴られても、マットに手すらつかなかったアイアンマン辰吉はそう簡単にグロッギーにはならないだろう。

辰吉はすでにアヤラのボクシングを相当研究している。構築した理論を、リング上で実現できることがほとんどないのが辰吉でもあるが、それでも、立ち上がりから攻撃の糸口を見出せないままぽんぽん打たれ続けることもあるまい。辰吉は、スピードに勝るアヤラのボディーを反撃を食らうことなしにいかに打つかを、すでに具体的に練習しているという。ボディー打ちの得意な辰吉のことだ。その成果は、ある程度発揮されるだろう。

第1、第2ラウンドをほぼ互角(だが、より積極的な辰吉が微差でポイントを取れる可能性は十分だ)で終えた後、アヤラのスピーディなファイトが表面上のイニシアティブを取り始めるだろう。だが、水面下ではアヤラの方により消耗度が蓄積していくはずだ。

シリモンコン戦でも、辰吉のボディーブローは各ラウンドのポイントの帰趨にかかわらず、どんどんダメージを蓄積していった(対サラゴサ第1戦ですら、中盤ボディー打ちで一瞬逆転しかかった)。線の細いアヤラが長い間平気な顔をしていられるとは思えない。

正統派のボクサータイプのアヤラだが、薬師寺のような体格、体力はない。辰吉の肉迫、そしてボディー打ちを完全には押しとどめられないだろう。次第に辰吉がアヤラの防波堤を食い破ると見る。

一度アヤラが疲れてしまえば、辰吉のもうひとつの大きな才能である軟らかなヒザが生きてくる。日本人ばなれした柔らかい踏み込みで入り込んでくる辰吉の攻撃は、疲れた時でもスピードのある相手を追いつめ、乱打を浴びせる能力がある。

辰吉に勝つには、どんなタイプであれ、基本として体力とパワーが必要ではないだろうか(逆に、それがあれば勝つ可能性はある)。ラバナレスはもちろん、一見テクニックで辰吉の突進を封じたように見える薬師寺やサラゴサも、根底においては「どつき合い」で勝っていた。それを可能にしたのが、身体のフレームにおける優位だったと思う。

アヤラは身長こそ辰吉とほぼ同じ(164センチ)だが、骨格や筋肉は辰吉よりも一回り以上小さい。辰吉がオーバーワーク等で動きがひどく鈍いようなことでもなければ、中盤以降ボディー攻撃で優位に立った辰吉が終盤にストップする可能性が大きい、と見る。

それにしても、ついこの間まで僕も「辰吉はもう終わり」と思っていた。それが、今はばりばりの世界1位に「多分勝つ」と予想しているのだから、辰吉の復活ぶりは大した物と言うべきか、僕が好い加減と言うべきなのか・・・。

 


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