ランぶる・イン・ざ・ジャンぐる……


  アキレスのかかと

 強い奴が勝つのではなく、勝った奴が強いのだ、とはよく聞く。このリングの格言は、一面の真理を捉えているだろう。どの選手のどこがどう優れている、あるいは劣っていると、傍からどう講釈をたれようとも、結局はリング上で手が上がるかどうかこそが決定的な優劣の基準なのである。
 しかし、逆もまた真なり。強者が敗れることもしばしばなのが、ボクシングのリングなのではなかろうか。ジョー・ルイスをKOした時のマックス・シュメリングは、本当にルイスよりも「強かった」のだろうか? トーマス・ハーンズに2連勝したアイラン・バークレーは本当にヒットマン以上のボクサーなのか? 触沢公男は大熊正二よりも優れたフライ級と言えるのか? 
 ある意味ではそうだ。だが、「違う」と答えることも十分に可能だろう。事実、ミドル級やL・ヘビー級ボクサーの歴史的評価を行なったなら、ファンであれ、専門家であれ、多くがハーンズをバークレーの上に置くのではないか。
 プロボクシングは、トーナメントでもなければ、リーグ戦でもなく、「チャンピオン」というシステムをとっている。たった一人のボクサーに勝つことができれば、頂点に立つことができる。逆に、同級のあらゆる強豪に勝とうとも、たった一人苦手がいるばかりに王座にたどり着けないこともあるののだ。そこにはやはり、「実力」とは別のカテゴリーとしての「相性」という要素が働く。
 モハメド・アリは、「私は左フックをかわすのが苦手だ」と公言していながら、実際フレージャーやノートンの左フックで目を回していた。天才アリにして、自覚しても克服できない弱点があるのだ。
 レノックス・ルイスがものの見事にひっくり返ったラクマンの右ブローは、かつてオリバー・マッコールがルイスのアゴに放ったブローと酷似していた。倒れるまで微笑んでいたルイスに油断がなかったとは言えまいが、2度ほぼ同じワンパンチでKOされたのは、気の緩みだけではないはずだ。
 こういう、強者の克服できない弱点“アキレスのかかと”こそ、研究しがいがあるというものだ。才能や、総合的戦力では明らかに劣っているボクサーが、痛快な番狂わせを起こすために――。

 

HOME