ランぶる・イン・ざ・ジャンぐる……


  試合前の握手

 ホプキンスの強さにはあらためて恐れ入った。頭脳的、パワフル、スピーディ……、あらゆる面において圧倒的に優れていた。たしかに今回のファイトは、トリニダードから“現役最強”の称号を奪い取るに値するものだった。
 しかし、僕は「ホプキンス最高! 」と思うには、胸の片隅にひっかかるものがあった。試合前のホプキンスが見せたトリニダードへの侮蔑的な態度だ。とりわけ、プエルトリコで行なわれた共同会見では、汚い言葉をトリニダードに浴びせた挙句、地元プエルトリコの国旗を地面に叩きつけた。
 ホプキンスのこの蛮行は、さすがに世界中のメディアから叩かれたが、ホプキンスは「謝罪するつもりはない。ボクシングは戦争だ」の一点張りだった。まったく、格調のかけらも無い態度だった。
 ただ、「仕方ないかな」とも思う。たしかに、大勢の観衆の目の前で、人生を賭けて強敵と殴り合わねばならないプレッシャーを考えれば、「にっこり握手なんてできない」というのは分かる。おそらく、常人にははかりしれないほどの重圧が、孤独なボクサーの心にのしかかっているに違いない。
 トリニダードをマットに沈めたホプキンスは、「すまなかった。プエルトリコにも直接誤りにいく」と初めて謝罪を口にしている。
 試合前はあんなに感じの悪い(失礼)畑山隆則も、試合後はすすんで相手の控え室を訪問し、健闘をたたえる好漢に戻る。そういうものなのだろう。だから僕は、ホプキンスや畑山の試合前の態度を、多少残念だが、「けしからん」とまで言うつもりはない。
 ただ、ボクシングはあくまでも戦争なんかではない。単なる人間のつぶし合いだったら、そんなものは金を払って見る価値はない。一部のホラーファンが見ていればいいのだ。ボクシングの真価は、人間がいかに暴力と恐怖を克服し、自分と相手に対する尊敬を生み出しうるかにある。
 試合後の両雄の抱擁もいいが、試合前の握手こそ、ボクシングが生み出す最も美しいシーンではないか、と僕は思う。苛酷なプレッシャーをはねのけて敬意を表し合える2人のボクサーを、僕たちはもっと感動をもって見つめるべきではないだろうか。

 

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