● 飯田覚士 対 井岡弘樹

 

(WBA世界J・バンタム級タイトルマッチ12回戦:4月29日)

飯田:28歳、23勝11KO3敗

井岡:29歳、32勝17KO6敗1分

 

by mario kumekawa

 

 周知のように、この試合のキーワードは「サラス・マジック」である。タイで

5年間に5人というとてつもないペースで世界王者を量産していたキューバ人ト

レーナー、イスマエル・サラス氏が2月に突如来日してから、これが関与する最

初のビッグマッチということになる。日本の他のジャンルに劣らず「指導者不足」

コンプレックスのあるボクシング界にとって、世界超一流の折り紙付きのサラス

氏の手腕は嫌でも注目が集まらざるをえないところだ。

 

 逆に言えば、サラス氏の「マジック」でもない限り、井岡の勝ち目はきわめて

小さいと、多くのウォッチャーが思っているわけだ。

 僕自身、そう思う。井岡は現在世界戦3連続KO負け中。しかもすべてフライ

級だ。試合内容も、3試合ともとても悪い。かつて柳明祐を破るミラクルを見せ

てくれたスピードと鋭い左ジャブは影をひそめ、スローに前進し続けるだけのあ

いまいなボクサーファイターになってしまっている。ガードも甘く、集中力も続

かないようだ。一口で言って、「晩年のボクサー」という感は否めない。

 

 ただ、井岡は(少なくともかつては)非常に頭のいいボクサーだった。さまざ

まな先駆的トレーニング方法を日本のボクサーとしてはいちはやく取り入れ、J・

フライ級時代は戦術面でも非常な冴えを見せていたものだ。

 サラス・トレーナーを得て、かつての頭脳ボクシングが多少なりともよみがえ

ることがあれば、飯田が苦しむ場面も想像できないこともない。こてこてのメキ

シコ人のヘルマン・トーレス・トレーナー(どうも喧嘩別れしたらしい)よりは、

キューバのアマチュア・スタイルを土台にしたサラス氏のボクシングの方が井岡

本来の力を出せそうな気もする。

 

 とはいえ、井岡のスピードは落ちている上に、おそらく打たれもろくもなって

いるだろう。しかも、飯田の最大の武器はスピードなのだ。「頭脳的ボクシング

の復活」といっても、たとえば柳戦の再現なんてできるとは思えない。

 井岡に残された「頭脳戦」の余地は、あらゆる意味での「かけひき」だろう。

先日サラス氏は、飯田の「ノーファールカップの位置が高い」と難癖をつけてき

た。古典的な陽動作戦だ。しかし、井岡はこの線でいくのかもしれない。徹底的

にオジンくさいダーティファイトで。

 

 優男風の井岡だが、いちおうナニワの兄ちゃんである。いやがらせをさせたら、

名古屋の真面目青年・飯田よりも一日の長があるだろう。「まともにやったら、

もう絶対勝てへん」と井岡がハラを固めたなら、おもしろいかもしれない。今ま

でサラス氏は「イオカをファイターにさせる」とか「飯田の弱点であるボディを

狙わせる」などの発言で、井岡の戦術をほのめかしている。飯田もそれに素直に

反応して、「僕、ボディー弱いですかね」と憤然としているようだが、これとて

陽動作戦かもしれない。井岡はファイターになどならないかもしれないし(井岡

がヨクタイ以上のファイターになって飯田を倒すなんて、考えられないだろう)、

ボディーなんか狙わないかもしれない。

 

 むしろたとえば、極度に斜に構え、飯田の攻撃をはぐらかし続け、随所で足を

踏んだり、相手を痛めるクリンチをしたり、井岡がそういうダーティテクニック

を使うことの方が考えうる。輪島功一ばりに、相手のリズムを徹底して崩すこと

で、不可能を可能にすることを狙ってくるかもしれない。

 対ヨクタイ第2戦では、飯田は「ローブローで足が動かなくなった」という。

もし、ヨクタイの旧師でもあるサラス氏がそういう暗黒戦術にも通じているとす

れば、それを実行するセンスを井岡は持ち合わせているのではないか。

 

 あくまでも飯田圧倒的有利と見るが、井岡の最後の意地がどういう形をとるの

かにも注目していたい。