[戦評]▽WBA&WBC世界S・ウェルター級タイトルマッチ12回戦
 
☆9月15日・ラスベガス・ホテル・マンダレイ・CC

               WBC王者 O.デラホーヤ TKO  WBA王者 F.バルガス
 
11回1分48秒

mario's scorecard

デラホーヤ        

9
9

9
10

9

10

9

10

9

10

KO
 
 

バルガス 

10

10

10

9

10

9

10

9

10

9

 

 

 
 
 
mario kumekawa

  まさに一進一退。最後の最後までどちらに転ぶかわからないシーソーゲームだった。謎めいたファイトでもあった。両雄が何をしようとしているのか、どれくらい疲れ、ダメージを受けているのか、非常に分かりづらい試合だった。それだけ高度で、過激な攻防だったのだろうし、デラホーヤ、バルガスともに、様々なインスピレーションで動きを起こしていたのだろう。名勝負と呼ばれるようになる試合は、しばしばそうだ。

 結果的には歴史的な名勝負となったわけだが、どちらの立ち上がりもあまりよくなかった。バルガスはのそっと前に出るが、動きは固く、ガードも甘い。だが、デラホーヤもおかしい、左ガードを上げているのに、ショルダーでパンチをブロックしきれるわけでもない。初回、3回、それにとりわけ5回と、不可解なまでに打ちすえられた。

 こんなデラホーヤじゃあ、バルガスのワンサイドじゃないのか。僕はそう思った。しかし、そうではなかった。デラホーヤのジャブは十分な強さはなかったが、スピードと切れはあり、バルガスの顔面を切り裂いていたし、時折放つ右ロングは明らかに超一流ボクサーにしか打てないスピードと威力と凄みを備えていた。2回、4回、そして7回に炸裂した右は、バルガスに傾きつつあった試合の流れをその都度デラホーヤにぐいっと奪回した。

 ラウンド毎に主導権が入れ替わる攻防。互いにディフェンスに大きな穴を見せつつも、相手にプレッシャーをかけようとする意思を放棄しようとだけはしなかった。そんな攻防が、両雄から急速にスタミナを奪ったようだ。

  8回には、突然バルガスの出足が止まった。すると、それまで窮屈そうに戦っていたデラホーヤがいきなり大攻勢に転じた。ジャブを立て続けに叩き込み、右も何度もバルガスの顔面をよじる。デラホーヤに前進を許すと、バルガスの決壊はすぐそこに迫っているように見えた。

  9回はふたたびバルガスが出る。やるしかない。前に出なければ、前のラウンドの再現だ。バルガスが前に出ると、今度はデラホーヤのボクシングからたちまち精彩が失せる……。お互い、限界に近づいているのだ。ぎりぎりの戦力バランスが、両雄をリングに立たせていることを知り、背筋を戦慄が走る。

  10回も、バルガスは出続けた。デラホーヤはジャブと左フックで迎え撃つ。この起伏に富んだ試合の中ではどちらかと言えばアクションは少な目のラウンドだったが、ラウンド終了間際、突然バルガスに破綻が生じた。たしかに、軽く左フックが顔面をかすめてはいたが、それ自体は大した攻撃だったとは思えない。だが、バルガスはまるで痛烈なカウンターを決められたかのようにヒザの力を失い、もはや彼には戦力は残っていなかった。

  11回、バルガスは最後の力をふりしぼって、なおも前に出る。デラホーヤも、残された力を爆発させるタイミングを慎重に探した。結局、もはやヒザのばねを失ったバルガスに、デラホーヤの左フックがヒットすると、バルガスはどっと背中から倒れた。

  立ち上がったバルガスを、デラホーヤはじつにうまく詰めた。強く連打するのではなく、もはや立っているだけのバルガスを、左右交互の淡い連打でニュートラルコーナーに釘付けにして、ジョー・コルテスが割ってはいるシーンを作り出したのだ。

  クォーティやモズリーを相手に、修羅場をくぐったデラホーヤならではの勝利、そしてフィニッシュ・シーンだろう。才能と、鍛錬と、キャリアのすべてが結晶した素晴らしい勝利だった。

  バルガスにしても、持ち前の闘志がすべての戦力を燃焼させきった最高のファイトを見せてくれた。ただ、デラホーヤやトリニダードのレベルのボクサーを相手にした場合、やはり真のフィニッシュ・ブローがないのは致命的かもしれない。最高度の攻防勘を備えたボクサーを一発で窮地に陥れるだけの攻撃力がない以上、バルガスのスタイルで「これ以上」を望むのは難しいかもしれない。バルガス自身は打たれて強くはないのだから。

  これで、モズリーとの再戦、さらにはホプキンス挑戦が見えてきた。今のホプキンスは、スピード、テクニック、パワー、戦術、すべてにバルガス・レベルをはっきり凌駕しているが、それだけに今なお成長を続ける“ゴールデンボーイ”の最終目標として不足はない。


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