●ホセ・ボニージャ対山口圭司

(WBA世界フライ級タイトルマッチ:11月22日)

ホセ ボニージャ

30歳

23勝11KO 3敗

山口 圭司

23歳

22勝8KO 2敗

 

 これは絶好のチャンスである。山口は、性格面をのぞけば(いや、ボクサーと

してという意味で、一般人としての山口は誰もに好かれる良いアンチャンである

が)、ひょっとしたら現在の日本ボクシング界では随一の才能の持ち主だ。長身

とリーチに恵まれ、しかもその動きはしなやかで速い。パンチの打ち方も実に素

直で、コンビネーションも打て、パワーもどんどんついてきた。しかもサウスポー

である。しかも、まだ若い。しかも……、山口に注がれた神の恵みをホメること

はいくらでもできる。世界戦でも、苦い〜ドロー、2つの快勝、また苦〜〜いK

O負けと、一通りのことを経験した。再起戦、前哨戦と良いできばえで勝ってき

た。ここで、1階級だけ上げて(いくら170 センチで減量が苦しいといっても、

たとえばJ・バンタムでペニャロサ挑戦は心配だ)のボニージャ挑戦は、理想的

な展開だ。ボニージャが弱いとは言わない。しかし、乱立時代の今でもなんだか

んだ言って弱いボクサーはいない世界王者の中では、狙い目だ。

 

 セーン・ソープロエンチットに勝ち、続けて井岡弘樹に完勝したことで、ボニー

ジャの(日本での)評価は急騰した。だが、ボニージャと戦ったときのセーンや

井岡、特に井岡は本当にヒドかった。セーンは長い政権に疲れた上、減量苦が続

いて接戦をくり返しており、「ついに……」という落城だった。井岡は「これが

あの、あらゆる点でクレバーな井岡なのか」と目を疑うできばえ。科学トレーニ

ングの先駆者のはずの井岡の体はたるみ、肌にも生気がなかった。試合も、ニヤ

リとわらっては左ガードを(しかもゆっくり! )下げ、なにをするのかと思う

や、そこにもろにパンチを受ける。率直に言って、「狂気の沙汰」と思った。あ

の試合を見た限りでは、井岡選手には引退を強く勧めたくなるほどだ。したがっ

て、ボニージャが一流ボクサーを連破したといっても、カケ値なしではない。

 

 とはいえ、この30歳の、小柄(163 センチ)なテクニシャンはたしかに、見た

目のおじんくささとは裏腹に、なかなかに洗練されている。具志堅用高氏は、ボ

ニージャを見て、かつての自分のライバルにたとえ、「パンチのあるハイメ・リ

オス」と言った。その言葉通り、コマネズミのように四方八方に動き回りながら、

あらゆる角度から彫刻家のノミのように大小のパンチを打ち込んでくる。足のバ

ネがあるから、妙な体勢からでも、パンチにそこそこに威力がある。

 

 しかし、でかくて速いサウスポーの山口にとって、ボニージャの「いやらしさ」

は半減する。ボニージャも速く、しかもいろいろなパンチが打てるが、そのメイ

ンの武器ははっきりと右ロングだ。しかも、サウスポー殺しのインサイドからの

ストレートではなく、かぶせ気味のロングフックだ。これは、山口の気持ちが途

切れない限り、致命打として炸裂する可能性は低い。山口のパンチも簡単には当

たらないだろうが、ボニージャの望むような展開にもなるまい。

 

 山口、ボニージャともに旋回するフットワークを持っている。勝負はどちらが

有利な位置取りをできるかになるだろう。接近戦での打ち合いは山口に分がある

が、どちらにとっても本領ではないから、たぶん、接近戦はあっても長くは続か

ないだろう。中距離から遠距離でのしかけ合い、その中からどちらが自分の距離

とリズムでパンチを出せるかだ。

 

 山口は昨年、オスカー・デラホーヤが一時多用した、両手を伸ばしたままにし

て相手の侵入をふせぐディフェンスをかなり練習していた。今こそ、あれを使っ

てもいいだろう。意外にも両者のリーチはともにほぼ168 センチと互角だが、身

長と足の長さを考えれば、やはり山口に利がある。クロスに注意しながら突き放

せば、ボニージャは苦しいはずだ。

 

 とにかく、力量でも相性でも山口有利と見る。ただ、山口はけして不まじめな

選手ではないにもかかわらず、試合を最高度の緊張感を持続させたまま戦い抜け

ないところがある。世界挑戦前の試合では、格下を相手にまさに唾棄すべき試合

をだらだらと続けたことも何度かあった(おそらく単なる余裕ではなく、見た目

とは逆に、神経質すぎて気持ちが持たないのだと思う)。

 

 とにかく、悪いけど、山口の弱点は心理的な面だ。集中力と精神的タフネスだ。

性格的なものだけに、これは完全には克服できまい。その表出をどの程度まで押

さえるかだ。パンチャーだが鈍重なカルロス・ムリージョ相手には完璧なボクシ

ングを見せた山口だが、ピチットのシャープなショートフックに沈んだ。おそら

く、ボニージャの切れ目のない動きに、「自分の気持ちが切れる」場面を作って

しまうだろう。いわゆる「だらしなく」打たれる場面もあると思われる。しかし

さいわい、ボニージャはワンパンチでがたがたにするほどの強打者ではなく、し

かも山口は(ピチット戦はともかく)結構タフだ。1度や2度のピンチならなんとか乗り越

え、ふたたび距離を取ってポイントを奪う展開に持ち込めるのではないか。そう

できる気持ちのスタミナがあるかどうか、である。

 

 ピチット戦で苦汁を味わった山口が精神的に一皮むけて、自分自身と業師ボニー

ジャをもコントロール仕切る展開が見たい。