今年は、巨星が2つ墜ちた。ナジーム・ハメドとフェリックス・トリニダードという、稀有な才能を持ったスーパースターがともにリング上ではじめて敗者となったのだ。 あらためて思い出してみると、興味深いことに、この両者が敗れた試合、ハメド対マルコ・アントニオ・バレラ戦、トリニダード対バーナード・ホプキンス戦には、いくつかの共通点がある。列挙してみると: ・ 大方の予想では試合前有利とされていたボクサーが敗れたこと。 これらの共通項は、視点を変えてみれば、トリニダードとハメドのボクサーとしての資質にもいくつかの共通項があることを示していると言える。ふたたび箇条書きするなら、以下のような点だ: ・ ワンパンチで試合を決めるだけの決定力(パンチ力)を持っている。 バレラ、ホプキンスともに、以上のような対戦相手の能力を研究し抜いた果てに試合で見せたような戦術を練り上げたのだろう。ガードを固め、接近戦での左ショートフックなどはけっして許さず、力をこめた早いジャブを打つ。自分から攻めることは必要以上にはせず、相手が出てきたところに狙い澄ましたショートブロー、左右フックを放つ……。 ホプキンスは、「ジョッピーは、勇敢な、しかし愚かな戦い方をした。俺はベテランだ。あんなファイトはしない」と言っていた。そして、トリニダードと戦うにはベストの戦術を選択したと言える。今までもトリニダードは、バルガス、リード、ジョッピーなど、相手が打ち合ってきた時には、圧倒的な強さを発揮し、カマチョ、デラホーヤなど、相手が足を使った場合には意外な凡戦に終わっている。トリニダードに追い足がないことは、思えば多くのウォッチャーが指摘していたことだった。 だが、ホプキンスのようなたくましいファイターが、慎重にバックステップ、サイドステップを使ってアウトボクシングしたら、トリニダードには苦しい展開となることはある程度予想できたこととはいえ、それだけでは勝てなかったはずだ。これはハメドにに対したバレラにも言えることだが、やはり、爆発的な攻撃力を秘めた上での「慎重なアウトボックス」だったことが重要だろう。 ホプキンスにせよ、バレラにせよ、序盤に数発の猛烈なカウンターを決めた。あれらの攻撃で、ハメドやトリニダードはある程度のダメージを負ってしまっただろうし、それによって、前に出る鋭さもかなり削がれた。これがあたりまえのアウトボクサーによるボクシングだったら、彼らはがんがん前に出てどうにかしてしまったはずだ。 大砲を備えたファイターが、なおかつ繊細なアウトボックスをし、しかもチャンスを見ては思いきったショットを放つ。そんなゴージャスなボクシングが成就したからこそ、稀代の天才が倒されたのだろう。 しかし、トリニダードは今どんな状況にあるのだろうか。たぶん史上最もビッグファイトで勝ちまくった男トリニダードだが、いきなり岐路に立たされているようだ。彼の周囲では、引退を勧める声が強いというのだ。 たしかに、ホプキンス戦のトリニダードには、ここ最近の凄みが無かった。これは、ホプキンスの輝きがあまりに強かったため、さしものティトも今回ばかりはかすんでしまったのかと思ったが、ひょっとするとそれだけではないかもしれない。トリニダードほど連続してスーパー級のビッグファイトを実現し、勝ちぬいたボクサーは史上いないのだ。突然何かが燃え尽きてしまっていたのだとしても、少しも不思議ではない気がする。 トリニダードは、気持ちの集中力で戦う部分が強いファイターのように思える。ここ数戦のの疲れに加え、テロによる試合中止→一転2週間後の挙行というスケジュールの激変が彼に与えた影響は無視できないのかもしれない。 |