戦評: WBC・S・フライ級タイトルマッチ12回戦:12月12日・大阪舞洲アリーナ

○王者 洪(徳山) 昌守 判定 挑戦者●名護 明彦

3−0

mario's scorecard

洪(徳山)昌守 

10

10

10

10

10

8

10

10

10

10

10

10

118

名護 明彦 

9

9

8

9

9

10

9

9

9

9

9

9

108

by mario kumekawa

 

 名護は変わっていなかったわけではない。例の「ぴょーん」ととびのく逃げ方は一度もしなかったし、両腕を伸ばしたままにする「デラホーヤ」もやらなかった。すでに習慣化していたであろう動作を完全に封印したのは、そうとう厳しい訓練の果てのことだったろう。

 攻める姿勢、……とまではいかなくとも、「攻めたいんだ」という気持ちは、戸高挑戦時よりははるかに強く感じられた。けして下がらず、洪がパンチを出したら、かならず名護もパンチを振った(少なくとも、振ろうとした)。右フックに頼り過ぎていた攻撃も、左ストレート中心に立てなおした。

 だから、名護が「だらしない」という批判は当たらない。「攻めようという気持ちがなかった」というのも違う。ちょっとばかりわかりづらいが、名護は必死で戦っていた。傍目にもその苦しさが伝わってくる、あれだけの減量をやりとげ、スタイルにも変更をほどこし、背水の陣で戦った世界戦だったのだ。

 ただ、それでも世界には遠く及ばなかった。今回で、確認しなければならないのだろう、名護は、たしかに個々の能力では世界王者を凌ぐ点はいくつもあるが、結論としてはまだまだ「世界」に到達すべきボクサーではなかったのだ、と。名護は、戸高戦以降、相当に自己改造の努力はしたが、不可解な形で(たぶん、ボクシングを本格的に始めた際、無理にサウスポーにしたからなのだろうが)彼に欠けているものを、身につけることはまだできなかった。

 名護に決定的に欠けているもの、それは、誰の目にも明らかだが、相手を追う能力だ。その他の点でどれほど素晴らしい力をもっていようと、相手を追うことができなければ、それは鎖につながれた虎でしかない。今回も、結果的には、猛獣は鎖につながれたままだった。

 しかし、練習では名護も相当に相手を追いつめる練習をしてきたはずだ。それが実りかけたのが第6ラウンドだった。3回に軽いダウンを喫した名護は、むしろこれでよけいな気持ちが吹っ切れたように見えた。洪との距離が詰まり、名護の体の刻むリズムが静かな、しかし自然なものになっていった。そして、左ストレート一撃の痛烈なダウン……。あれはラッキーパンチではなく、6回のリズムは名護がつかんでおり、徳山を追いつめた挙句の爆発だった。

 ところが、このダウンが名護をふたたびしばってしまった。今回の試合の後半ほど、手数の少なかった試合はさすがの名護にもないのではないか。

 洪は試合後半の記憶がないという。それほど痛烈な6回のダウンだったのだ。たしかに洪のスピードとタイミングは世界レベルのものだったが、かといって見事な試合ぶりというわけでもなかった。遠くからジャブ、ジャブ、右ストレートと、単調な攻撃を散発に出すだけ。距離と位置関係は支配し続けていたが、別に緻密なフットワークを使ったからというわけでもない。これで10点も差をつけて勝ったのは、ひとえに名護が(表面的には)手を出さなかったからだ。

 本来ならやはり、ボクシングの世界戦とは、記憶のないような状態でポイントを重ねることができるようなものではないと思う。意識の途切れた状態でも勝った洪の鍛錬は、賞賛に値するが、やはり名護がひとり相撲をとって負けたという印象が強い。

 とはいえ、これをもって「白井・具志堅ジムでは、名護を育てられない」というのは、無条件に正当な批判とは言えない。名護を育てたのは白井・具志堅ジムなのだ。高校時代、名護はインターハイでこそ優勝しているが、それほど目立たない選手だった。うまいけれど体が細く、体重を後ろ足にかけたまま戦う、いささかひ弱な印象のアウトボクサーだった。

 名護が「天才」と呼ばれるようになったのは、あくまでもプロ入り後のことなのだ。これはやはり「指導力」である。名護の素質を見出したのは具志堅会長であり、「世界の器」と言われるようになるまで育てたのは、杉谷満トレーナーを中心とするスタッフだ。そしてすべてはもちろん、名護の精進あってのことだ。

 ただ、それはそれとして、今や名護は分厚い壁に突き当たったことはたしかだ(戸高戦以来ずっととも言えるが)。一口で言えば、それは「世界レベルの攻撃性の獲得」だ。傍目には、才能あふるる名護がこの壁を破ることはそれほどの難事には見えない。だから、彼は「ただふがいない」だけに見えるのだ。じっさい、年間数多く行われる世界戦で、名護のような負け方をする挑戦者はあまり記憶にない。あれだけのボクサーが攻撃ができないというのは、プロボクサーとして不健全にさえ思える。

 なんとも腑に落ちないことだが、名護に「限界説」が出ても、やっぱり仕方がないだろう。わからない、本当にこれで名護は終わりなのか?


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