展望: 洪昌守 対 名護明彦

 WBC・S・フライ級タイトルマッチ12回戦:12月12日・大阪舞洲アリーナ

洪(徳山)昌守

26歳

22勝5KO2敗1分

名護 明彦

24歳

18勝16KO1敗

 

 名護ほど才能があるボクサーは、ほとんど見たことがないほどだ。パンチは重くて強い、スピードもある、勘もタイミングもいい、スタミナもある、打たれ弱くもない(たぶん)、頭も良い、しかもサウスポー……ほとんどパーフェクトなボクサーになれる素材なのだ。日本のボクシング・マニアなら、名護に夢を見たくならない人は少ないだろう。

 ところが、名護の弱点も、これまた妙に明らかなのだ。入ってくる相手には天才的なカウンターを決めることもできるが、逃げる相手を捕まえることは妙に下手糞だ。基本的に単純なカウンター・パンチャーなので、自分からフェイントをかけながら仕掛けることはできない。強打をヒットする勘は抜群だが、ヒットする確信がないときにパンチを出すことができない。「打たせずに打つ」ことが可能な距離とタイミングを見出すまでは、延々遠くから猫のように逡巡し続けている。

 したがって、名護を崩すのは、一見したよりも容易なのかもしれない。こちらからは攻めこまず、名護が出てこざるを得ない状況にすること。もしくは、ヒット・アンド・アウェイに徹すること。要は、名護を追い続ける展開になりさえしなければ、名護はその恐るべき能力を発揮することはない。少なくとも、これまではそうだった。

 洪には、そういうボクシングはできるだろう。゙仁柱戦では、右ストレートを何度も叩きつけに行った洪だが、彼の足のスピードはヒット・アンド・アウェイにも使えるはずだ。それほど緻密なアウトボクシングができるわけでもないが、スピードとタイミングは、名護にも負けていない。名護の右フックを引っ掛けられることはないだろう。そうこうするうちに、名護の右フックにも匹敵するスピードを持つ洪の右ストレートが唐突な矢のように突き刺さり、名護に大きなダメージを与える可能性だって、十分にありえる。

 名護の才能は誰もが認めるところだろうが、もし上のような欠点が十分に矯正されていないなら、洪の有利は動かない。今までの名護のままなら、洪の楽勝ではないか、とさえ思う。

 ただ、何しろダイヤモンドの原石・名護だ。もう後がない今回の挑戦で、一皮向けてくる可能性はむろんある。鍵は接近戦でのディフェンスだろう。名護は、接近戦でのディフェンスにまるで自信がない。中間距離以上では、あれだけ勘の良いボディワークを見せるのに、接近戦で少しでも相手が攻勢を取りそうになると、ぴょーんとウサギみたいに後ろの方に飛びのいてしまう。接近戦のこまかいブロッキングの使い方はできないのだ。

 飛びのくディフェンスではなく、かわしたりブロックしたらすぐに反撃のパンチをふるうことのできる防御を多少なりとも身につけていれば、俄然話はかわってくる。洪はそうそう自分の思うようには動けず、名護の恐るべき素質が、現実のものとなって開花するかもしれないが……。

 名護にはもうひとつの不確定要素がある減量の影響だ。もともと、ウィラポンのバンタム級の王座を狙っていたくらいで、筋肉質の体をさらに大きくしている。メディアに流れる映像でも、ほとんど苦行僧のような表情が映っていたが、あれが本当に試合前の食事で「元に」戻っているのか? 軽量の数値では、洪のほうがむしろ体温と脈拍が高かったことで「名護の方がコンディションはいい」という具志堅会長のコメントも出たようだが、つまり、それくらい名護の減量はきつかったということだろう。実際、スポーツ紙の写真を見れば、どちらが調子良さそうかは明白だ。

http://www.sponichi.co.jp/battle/kiji/2000/12/12/07.html

 身を痛めつけるほどの減量は、現在のボクシング界の潮流ではない。畑山の例を見ても、ベストウェイトというものがいかに重要かはいくら強調してもし過ぎることはない。徳山、名護ともに日本ボクシング界の宝石だ。どちらかが本調子でなく、ただ傷つくだけという試合はあってほしくない。日本と朝鮮のためにも、いつまでも思い出しては「素晴らしかった」とため息がつけるような試合となることを祈りたい。

 


トップページに