☆6月27日・有明コロシアム

▽WBA世界S・フェザー級タイトルマッチ12回戦

○挑戦者 ラクバ・シン VS ●王者 畑山 隆則

TKO5回1分46秒

by mario kumekawa

 

崔龍洙、畑山、そしてラクバ・シン。この3者はほぼ拮抗した「実力」を持っているはずだった。過去、彼らの間で戦われたファイトはいずれも、どちらの手が挙がってもおかしくない内容の判定勝負だった。

タフネスとスタミナには卓抜したものがある3人だけに、どの組み合わせで何度戦っても、激闘の末の小差判定勝負というのがもっとも予想しやすい結末だった。少なくとも、僕はそう見ていた。

しかし、現実はあまりに痛烈なKO劇だった。5回、右ストレートが一発で畑山のアゴを砕いた。辛うじて立った畑山だが、ダメージはあまりにも大きかった。レフェリーは地元のヒーローに敬意を表しすぎてストップが危険なほど遅かったが、事実上のワンパンチノックアウトだったと言える。

たしかに、シンは初回から鋭い右を放っていた。重厚なジャブの背後から、距離とタイミングの測定がじつに正確な右ストレートを放ち、畑山のヒザをしばしば揺るがせた。しかし、もう何度もスパーリングで手合わせしている相手に、特に力が落ちているわけでもない世界王者がもろに右ストレートの直撃を食い続けるというのはどういうことだろう。さらにあげくのはてに、その右ストレート一発で事実上息の根を止められてしまうとは……。

一部で以前から言われていたことだが、畑山のスタイルの選択という問題が思い出される。

畑山は、日本王者時代、シャープな右ストレートを中心としたシャープなコンビネーションで、堀口昌彰らをばっさばっさと切って落とした。それが、OPBF王者になったころから、右ストレートが影を潜め、中間距離に強いボクサーファイター型から、フックやアッパーが主武器のガチンコファイタータイプに変貌を遂げたのだ。

このモードチェンジには、賛否両論あった。世界戦に勝利するための決定的武器を持たない畑山が頂点に立つためには、ハードワークで獲得した体力を頼りに、中間距離で激しく動き勝つストラテジーが必須である、というのが肯定派。ストレートを捨てた畑山は、攻撃面で著しく鈍化し、本来あるべき戦力を失った、とするのが否定派の代表的な意見だったろう。

OPBF時代の右拳手術以来、畑山はもはや思いきり右パンチが打てなくなったと見る向きもある。もしそうなら選択の余地はなかったわけだが……。

僕自身は、畑山のモードチェンジを基本的には支持したい。中間距離で激しくステップを踏みながらフックやアッパーを上下に打ち分ける畑山でなければ、崔龍洙のアグレシブネスに押しきられていたことだろう。むろんファイターとしての厚みを持った上でかつてのような右ストレートを打てれば言うことはないが、スタイルの変更を、失うものなしに遂行することは至難の業だろう。

最近のスタイルでも、畑山はシンに勝つことは可能だったと思う。右ストレートが打てなかったことは敗因の中で大きなものとは言えない。最大の敗因は無論、立ち上がりからシンの右ストレートをいともやすやすとクリーンヒットされ続けたことだ。結末はワンパンチだったが、あれだけ同じパンチを食い続ければ、いつかそのうちの一発がアゴを砕くことにもなろう。

しかも、畑山はかつてはシンとスパーリングするために韓国にわたっていた時期さえあったではないか。あれから数年経っているとはいえ、予想もできないようなパンチをシンが放ってきたとは思えない。

畑山がシンの右を食らったのは、かなり次元の低いミスだと思う。普通、現代の世界チャンピオンはまだ疲労していないうちから相手の主武器をもろに食ってのワンパンチKOなどされはしない。相手がロイ・ジョーンズでもないのにそんなことがあるとすれば、それは調整ミスや油断などによるミステイクでしかありえない。

畑山はなぜミステイクを犯したのだろうか? 理由はいくつか考えられるが、ひとつは認識ミスだ。「シンはテクニックがない。接近戦で打ち合ったら強いが、中間距離での上手さはない」と畑山は戦前言っていた。ここには落とし穴はなかっただろうか。たしかに、シンには中間距離で生きる多彩なコンビネーションやダイナミックなボディワークはない。だが、あの右ストレートはまさに中間距離で爆発する爆弾だ。しかも、崔龍洙と戦った時だって、シンは鋭い右を打っていたのだ。

シンとのスパーで、畑山は彼の接近戦での強さを嫌と言うほど知ったのだろう。それで、接近戦を避けたいばっかりに、「中間距離」という間違った選択をしてしまったのではないか。畑山は、自分がどういう試合で世界王者になったのか、思い出すべきだ。今の畑山のスタイルは、肘のかち上げ(一応反則だが)を交えて前進し、距離をつめて激しく打ち合うことが中核となっているのだ。

中間距離に弱いのはむしろ畑山だ。前回の防衛戦でも、サウル・デュランのちょんと出したストレートを食ってあっさりダウンしている。あれも中間距離での出来事で、その後やけくそ気味に距離をつめて手を出すところから追い上げてドローに持ちこんだのである。いわば、今回のKO負けは、前回の教訓がまったく生きていない結末と言わざるをえない。

おそらく畑山のほうこそ、中間距離でまっすぐ飛んでくるパンチに対する感覚が鈍いのである。だから、ストレートパンチャーに対しては、距離を大きく離すか、くっつくか、2つにひとつしかなかったはずなのだ。それが、中途半端な距離にいた上に、緊張感なく体が開いていたところに、あのパンチを食ってしまった。

あるいは、油断や計算違いではないかもしれない。暫定王者を立てられ、いつまでたっても王者としてのうまみにありつけない畑山は、気持ちの上でどこか萎えた部分はなかったのだろうか。かたや「今度こそ」の意気に燃えるシン、かたやベルトを割られてダウンな気持ちの畑山。

両者の力関係からして、本来の戦力は五分。となると、気持ちが問題となってくるだろう。タイトルを愚弄された畑山がメンタル面でベストだったとは思えない。ひょっとしたら、そのへんも敗因に含まれてくるのではないか、とも思えるのだが……。


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