[戦評]▽WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦
 
☆7月1日・さいたまスーパーアリーナ

                   挑戦者 ジュリアン・ロルシ 判定 王者 畑山 隆則
 
118-111
117-112
119-111

mario's scorecard

畑山 隆則 

9

9

9

9

9

10

9

10

9

10

10

9

112

J・ロルシ 

10

10

10

10
 10   9

10

9
 10

9

9

10

116
 
 
mario kumekawa

 この試合をテレビで観戦した人の中には、「畑山の勝ちだ」と思った人が少なからずいたらしい。会場で僕が話した記者&関係者のほとんどは、「ロルシの完勝」で意見が一致していたにもかかわらず、である(坂本博之だけが「12点差で畑山」と言っていたが、それはまた……、「精神の世界」なのだろう)。

 だが、僕はこの「テレビ」と「現場」の違いはうなずけなくもない。上記の通り、オフィシャルのジャッジは、「何もそこまで」と腹が立つほど差をつけているわけだが、彼らがユナニマスでどちらかにつけたラウンドは4ラウンドしかなかった。あとは全て2−1(ひとつだけ2−0)である。各ラウンドは、いずれも非常に接戦だったのである。だから、鬼塚勝也氏や竹原慎二氏の「応援解説」つきで、しかも自分も「行け、勝て、畑山! 」と思ってみている人は、かなりのラウンドを「畑山優勢」と採点したのではないだろうか。

 しかし、ロルシと畑山のこの夜のパフォーマンスの間には、大きくはないがはっきりとした差があった。ほかならぬ畑山が、試合中からそれを感じていた。おそらくは、過度に感じてさえいた。「(ポイントで負けているのは分かっていたが)、10回あたりから、『もうつかまえられない』と思って、気力が萎えてしまった」というのが敗者の弁だ。畑山は、途中ですでにある種の敗北感を覚えてさえいたというのである。

 おそらく、畑山は序盤から中盤にかけてのロルシのブローに、かなり「まいってしまった」のではないだろうか。4回あたりまでの挑戦者のパンチは、いずれもまさに世界一流のものだった。ダブル、トリプルで出るジャブ、シャープに水平の軌道を描く右ストレート、そして至近距離から突き上げるアッパー……、そのいずれもが畑山をはるかに上回るスピードがあり、パワーこそさほどではないが実に切れていた。ロルシの右を受けると、畑山の足がばたばたと乱れた。顔には出なかったが、軽く足に来るほどの効き方はしていたのだ。

 あの切れる数々のブローを受け、畑山は「やっぱり強いや」と思ってしまったのではないか。中盤から、後半にかけて、ロルシをロープ際やコーナーに攻めこんだ際も、1,2発右をカウンターされると途端に引き下がってしまった。坂本とあれだけの打撃戦をやった畑山が、迫力の点ではだいぶ落ちるロルシのパンチでおとなしくされてしまったのだ。見た目よりも切れる、意識を揺さぶるようなブローだったのだろう。

 それでも、中盤に入って、ロルシは急激に疲労の色を深めた。畑山が強引に前進すると、体格差をもてあまし、のけぞりつつロープにつまる。アッパーは打てなくなり、右の威圧感もずいぶんと削がれた。6回、畑山は一発ロルシの右を食ったが、それまでのようには「効いた」という表情はしなかった。はたから見ても、ロルシのパンチは軌道が甘くなり、一撃で畑山のヒザを折るだけの力は失せたように見えた。「とにかく、タカノリのパワーには驚いた。右だけでなく、左にも恐るべき威力があり、どんどん攻めこんでくるんだ」(ロルシ)

 終盤にかけても、ますますロルシの戦力は落ちていくように見えた。10回には足が完全にベタ足になり、パンチも手打ち。回りこむよりも、クリンチに逃げるシーンが増える。明らかに体力は畑山の方がある。スタミナも残っている。「後半勝負」という畑山のファイト・プランがまさに効を奏さんとしているように見えた。

 だが、それでも、畑山自身はもう、敗北を覚悟していたというのである。要所の技術で、完全に抑えこまれていると感じた、ということなのだろうか。

 たしかに、ロルシのボクシングは崩れそうで崩れなかった。最大の柱は、左ジャブだった。様々な角度から、自在なタイミングで出せる上、スナップが効いており、ダメージを与えることができるジャブだった。しかも、後退しながら出したジャブでも、このスナップが生きているのである。モハメド・アリなど、「後退するボクシング」の名手が得意とした高等テクニック。ロルシのジャブが良いのは知っていたが、ここまで技術的に高度だとは、畑山も予想していなかったようだ。

 11回、12回と、青息吐息のロルシを畑山はつめきれず、落胆のうちに最終ゴングを聞くしかなかった。「最後の大逆転を狙って、捨て身の攻撃をしかけてくれたら……」という思いは残る。ロルシは、顔面でも、ボディーでも、ガードの上からでも叩かれればダメージを受ける状況であったはずだ。体で押して、ところ構わずなぐりまくる、そういうファイトを最後の3ラウンド続けることができれば、ロルシに初めてのKO負けを味わせることだって不可能ではなかった気がするのだが……。

 うーむ、分からない。畑山さん、あなたの考えてることは、とうとう分からなかった。ただ、天才的ボクサーで、熱い戦いを見せてくれたことはたしかです。言動に疑問を感じることは会ったけれど、引退するのなら、長い間、本当にありがとう、と心より申し上げたいです。


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