●ボクシングの本質は不変か?

 どうやら、ボクシングは何度目かの大きな地殻変動を迎えているようだ。従来の ような「ジャブ、ジャブ、ダブルジャブ、ワンツー、ワンツーから左フック、右ア ッパー……」といった攻撃の手順とは全く無縁の攻撃方法で、世界のリングを牛耳 るボクサーたちが目につきはじめているのだ。  ロイ・ジョーンズはあまりリードブローというものを打たず、かなり離れたとこ ろからべらぼうなスピードで振ってくるフック一発で倒してしまう。あるいは相手 を追っていくときも、ガードを下げたまま、かといってパンチを打つわけでもなく 、またかといってプレッシャーをかけるわけでもなく、いわば運動神経で追いつめ る。  ナシーム・ハメドにいたっては、ほとんど無茶苦茶である。とにかく、顔と足と パンチの方向が全部違う。よそ見をしたまま突然放つパンチ一発(ストレートとか フックとか分類するのもイヤになるような、文脈無視の唐突な一撃)で、敵をマッ トに沈めるのだ。  ジョーンズといい、ハメドといい、彼らが台頭期にあった頃は、「ふん、こんな の、いつか本物の強豪と当たった時、こっぴどい目に会うさ」と僕は思っていた。 しかし、今やその「本物の強豪」たちが、6回戦ボクサーたちと全く同じように蹂 躙され続けている。 先月、増刊号で作家の安部譲二氏にインタビューした際、サ ンディ・サドラーから聞いた話というのを教えてもらった、「なんで113 回もKOできたんだ」と問う安部氏に、偉大なるフェザーウェイト・サドラーはこ う答えたという。「リードブローを打たず、いきなり一番強いパンチを打て」。  なるほど、一生懸命ジャブでタイミングを計っているうちに試合が終わってしま ったり、相手に完全に読まれて攻め込まれる可哀相なボクサーはじつに多い。とす れば、詰め将棋のようなコンビネーションでKOにつなぐアルゲリョ型のアーティ ストよりも、相手に「読む」ためのテキストを一切与えないハメドこそ、理想のK Oアーティストということなのか?   たしかに、レイ・ロビンソンも、いきなりの右ストレートもしくは左フック一発 で決めた試合がじつに多かった。しかし、あれは50年も昔だったはずである……。