●将棋とボクシング

 将棋はどこかボクシングに似ている。どちらも、「脳と脳の戦い」(ここがボク

シングと他の格闘技の違いかもしれない)。そしてどちらも「いったいどうしてこ

んなものに人生を賭けられるの? 」というタチのものだろう。

 ただのゲームである。けれども、思考力、記憶力、持久力、想像力、およそあり

とあらゆる頭脳の力が要求される。プロ棋士になる能力を普通の受験勉強にでも使

ったなら、東大でも出て、官僚か博士にでもなれるだろう(事実、プロ棋士の家族

にはそういう人が多い)。世間をエリートとして渡っていく力がありながら、進学

もせずに、「吹けば飛ぶような将棋の駒」に命を賭ける人々がプロ棋士なのだ。 

とりあえずプロの棋士になるだけでも、ひどく難しいことだ。一流の棋士ともなれ

ば、皆、ある種の天才だという。そんな中で、7つあるビッグタイトルのうち6つ

を独占するという空前の偉業をなしとげたのが羽生善治名人である。 すこし前に

、その羽生名人がテレビで語っていたことで、「やっぱりボクシングと似ている」

と思ったことがいくつもあった。たとえば、「将棋は進歩し続けています。昔の有

名な名人は、偉大かもしれないが、今の人には勝てません。また、今日驚くべき奇

策というのはありえません。指すべき手はいくつかの選択肢に限定される」という

ような話は、リングにも通用するのではないだろうか。

 また、羽生名人はこうも言った。「今、20代の棋士が非常に活躍し、ひと世代以

上年上の人々はなかなか勝てなくなっています。これは理由があります。以前は、

将棋の勉強はひとりでするものでした。自分の方法を他人に教えまいとしたんです

。最近になって、若い世代の間では互いに情報交換をするようになった。今では、

そういう勉強会に参加しなければ勝つことはできません」

 日本のボクシング界は、情報の流通はあまりよくない。カットマンが止血のコツ

を人に教えないのは世界共通だが、それ以外の、トレーニング方法や戦法などは、

もっと交流によるレベルアップがあっていいはずだ。アメリカや中南米では、ある

程度それがある。

「勉強会」に参加しないと勝てないのは、将棋だけではないだろう。