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久しぶりに、本当のスーパーファイトが見られる。ボクシング・ファンでいてよかったと思うのは、こういう試合がじわじわと近づいてくる快感を味わうときだ。 デラホーヤとクォーティ。この両雄が正真正銘の強豪であることは、ボクシング・ウォッチャーなら説明不要だろう。S・フェザー級にはじまって、ウェルター級にまで増量する過程で、ボクシング史上かつてないほど洗練された体作り、スタイルの洗練、そして戦力の向上を見せつけてきたゴールデンボーイ<fラホーヤ。対するクォーティは、名王者と謳われたクリサント・エスパーニャを壮絶なKOに下してWBAウェルター級王者になって以来、堅牢なスタイルと圧倒的な強打で7度の防衛を積み重ねた(唯一の苦戦が、ドローに終わったホセ・ルイス・ロペス戦だったが、ロペスはメジャータイトル戦では不運に見舞われ続けているものの、実力的にはスーパースターのひとりだ)。 デラホーヤがこれまでに戦ってきた相手の中には、チャベス、ウィテカーをはじめ超ビッグネームも数多い。しかし、厳密に言えば、彼らのほとんどは戦力的にピークを過ぎていた観もいなめない。その点、クォーティは十分にベストパフォーマンスを見せてくれる可能性がある(正直言うと、この対戦がせめてあと1年早ければ、クォーティにとってはよりベターだったろう。その点がデラホーヤ陣営の狡猾さであり、凄いけれど、共感できないところではある)。デラホーヤにとっても、この試合ははじめての真のスーパーファイトなのだ。(1/31)2.
クォーティには、シンプルなスタイルの魅力が凝縮されている。ガードを高く上げ、肘をがっちり固め、ぐいぐい前進。速くて強いジャブを、びし、びし、びしと放つ。並みの世界ランカーなら(いや、現S・ライト級王者ビンス・フィリップスさえ! )このジャブを数ラウンド受けただけでぼろぼろにされてしまう。そしてひとたびチャンスをつかむや、まさにサバンナのライオンのような急襲! きわめて高い身体能力を根拠とするクォーティのボクシングには、欧米人や日本人が「アフリカ」という大陸に寄せる夢が体現されている。僕は、サッカーW杯でカメルーン・チームやナイジェリア・チームに見た運動能力のユートピアを、クォーティにも見るのである。 一方のデラホーヤは、出自はメキシコ系とはいえ、アメリカの匂いの充満するボクサーである(彼ほどスペイン語が似合わない「メキシカン・ボクサー」がいるだろうか?!)。絶え間ない自己克服、つねに目標を立てたトレーニングによるスタイルの変貌、近代人的勤勉さ、その上あの爽やかな弁舌……。デラホーヤほど、アメリカン・ハードワーカーのディシプリン(修練)を感じさせるボクサーもいない。 アメリカではサッカーがさほど盛んではないため、「米国対アフリカ」という図式はスポーツではなかなか実現しない。ボクシングは両大陸のトップアスリートが真正面から火花を散らしうる、意外に稀有なジャンルかもしれない。 実際には、過去アメリカとアフリカの頂点ボクサー対決では、アメリカの方が分が良い。古くは、エミール・グリフィス(米国)がディック・タイガー(ナイジェリア)から世界ミドル級王座をKO奪取した。アズマー・ネルソン(ガーナ)も、パーネル・ウィテカー(米国)をとらえきれなかった。 今回のデラホーヤ−クォーティ戦に際して一番思い出されるのは、シュガー・レイ・レナード(米国)がハーンズ戦を前にして、アユブ・カルレ(ウガンダ)をストップした試合だ。まあ、大天才レナードとしては順当な結果なのだろうが、僕はカルレのポテンシャルも高く買っていたのだ。実際、この試合では、カルレも随所にスーパースターたりうる技量とセンス、そしてパワーも見せた。 それでも、レナードの牙城は全く揺らがなかった。当時僕はこういう試合内容になった理由として、レナードの力量もさることながら、カルレがずっと「本場」アメリカの圏外で戦い続け、しかも試合数も随分と少なかったことにより、ベニテスやデュランとしのぎを削ったレナードに差をつけられていたことを思わないわけにはいかなかった。 クォーティも、あの頃のカルレと同じような状況にある。ホセ・ルイス・ロペス戦で勢いも止められた観もある。そういう面から見ると、(負傷で試合を延ばしているとはいえ)デラホーヤの上昇気流の方がはるかに勢いはあるように思えるのだ。(2/1)デラホーヤ自身、今回の試合を今までにない試練と意識している。「今度こそ僕が負けるんじゃないかっていう声が聞こえているよ。OK、僕はそういう試合を望んでいたのさ。もちろん、クォーティはタフな相手だ。究極の強敵だと思う。これまでになく苦しい試合になると思っているよ」(デラホーヤ)
当初昨年秋にセットされていたこの試合が、この時期にまで延期された表向きの理由は「デラホーヤのキャンプ中の負傷」だが、どのような負傷だったのかは明らかにされていない。それだけに、「試合ができなかったわけじゃないだろう。ただ、僕に勝てそうにないと思ったから、とりあえず延期したんだろう」というクォーティの発言もそれなりの説得力を帯びてくる。 いずれにせよ、デラホーヤは負傷したというよりは、なんらかの理由でコンディション不良だったようだ。しかし、試合が延期されたことは、かならずしもデラホーヤの「弱さ」を意味しない。これまで、したたかなまでに強豪とのマッチメークの時機を選び、成功してきたデラホーヤだ。この3ヶ月の間に、クォーティ戦の勝算を大きく膨らませる作業をしているかもしれない。 それを裏付けるデラホーヤの発言もある。「(クォーティは)ミドル級並みのパンチャーだ。僕はウェイトを増す必要がある。クォーティに体力負けしないようにね。クォーティはあの体力で、リング上で相手をひきずりまわすんだ。僕はウェイトを増して、クォーティをひきずりまわしてやる」(デラホーヤ) デラホーヤは驚くほど巧みにS・フェザーからライト、さらにS・ライト、ウェルターと増量してきた。これだけの階級で戦いながら、どのクラスでも体格負けしたことは決してない。S・フェザー時代に一度ヘナロ・エルナンデス(当時無敗&全盛のS・フェザー級王者だった)との対戦が決まりかけたが、突然キャンセル、ライト級に転向し、ヘナロとの体格差が生まれてからおもむろに再度対戦話をまとめ、完勝している。 昨年11月に試合延期を決めたときは、思うように体が大きくならなかったのではないか。すでに普通のウェルターウェイトには体力負けしないデラホーヤだが、クォーティの体力はまた破格だ。というより、体力こそがクォーティの最大の武器と言って良い。ホセ・ルイス・ロペスに大苦戦したのは、ロペスの力量もさることながら、ロペスもまたとんでもない体力の持ち主だったことが大きな理由のひとつだろう。デラホーヤは、一度体をミドル級並みに大きくしてから絞り込み、クォーティのこの最大の「武器」を封じるつもりなのだろう。 計量の際、デラホーヤがどんな体で出てくるのか、考えるだけで興奮してくるではないか。(2/5)