[戦評]▽WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦
 
☆3月11日・横浜アリーナ

○挑戦者 セレス 小林 TKO10回2分9秒 ●王者 レオ・ガメス
 

 僕は、ツニャカオ−小林戦の展望記事で、小林について「『何もウリがないボクサー』が、いつの間にかおそろしいほどの実力を備えていることがある」と書いた。今日の小林の姿を予想していたわけでは全然ない。ただ、「そういうこともたまにはあるから、期待したいなあ」という気持ちだった。

  だが今や、小林は「恐ろしいほどの実力者」である。 前の試合でツニャカオとドロー、一階級あげてガメスをノックアウトした。名うての強豪王者を相手にこの結果。2試合続けて、世界トップの実力があることを証明したのだ。

 今回の試合を見た人は、ツニャカオ戦で、小林の左拳負傷がいかにハンディになっていたかを理解したことだろう。あの試合では、小林は強引に接近して右フックを打ちこむしかしようがなかった。今回のガメス戦で、あれだけ活躍してくれた左なしで戦ったのだ。それでも、世界王者と引き分けだったのだ。物凄い粘り、精神力であった。

 そうだ。小林のビッグ・ハートが世界王座を呼び込んだ印象が強い。試合後、「小林選手はすべてが素晴らしかった。戦術も全部良かった。でも、一番凄かったのはここ(ハート)」と、イスマエル・サラス氏は左胸を指差した。サラス・トレーナーは、愛弟子セーン・プロエンチットが1位コンテンダーであることから、リングサイドで観戦していたのだ。

 実際、小林の勝負度胸はおそるべきものがあった。4冠王ガメスの肉迫に対し、少しも慌てることなく、右ジャブ、右フック、各種の左と、自在なタイミングでくりだし、出鼻をくじく。左右どちらで打つかが、はたで見ていても容易にはわからない。シュガー・レイ・レナードばりの左右の使い分けだった。あんなのは、よほど相手の出方に対するアンテナが冴えていて、しかも落ち着いていなければできないことだろう。

 おそらく最大の勝因と言えるだろう、徹底した前半のボディ攻めも、すばらしい「勇気」を感じさせる攻めだった。ガメスは一発で試合を決めるパンチがある上、リーチが長く、背と胴が短い。小林よりも14センチも背が低いガメスの、あの短いボディを叩くのは、技術と自信がなければできないことだ。

 フィニッシュとなった左カウンターも、弱ったガメスを巧妙に上下に攻めたてた果てに、絶妙のタイミングで爆発した。つねにクール、そして頭脳的。セレス小林は、今や完成されたテクニシャンだ。

 小林がガメスをKOしたのを見届け、僕は控え室に急いだのだが、通路で矢尾板貞雄さんとすれ違った。その時、矢尾板さんが今まで見たこともないような嬉しそうな顔で、「にこーっ」と笑ったのである。言葉はなかったが、僕には、矢尾板さんの言いたいことがよく分かった。かつて“リングの兵法者”と称えられた人の目は、「これだよ、俺は、こういうボクシングが見たいんだよ! 」と言っていた。

 体にもパンチ力にも恵まれていたわけではない現役時代の矢尾板さんは、大学ノートを持ってあらゆるボクシング興行に通う「猛勉強」で、世界トップと渡り合う力を身につけた。「今のボクサーは、どうして勉強しない人が多いんだろう」、「どうしてちゃんと努力する選手が少ないんだろう」と口癖のように言う矢尾板さんにとって、小林のボクシングは、まさに「我が意を得たり」であったことだろう。 

 それにしても、国際ジムの指導力はおそるべきだ。以前からハードな練習を選手に貫徹させることでは(新日本木村ジムとともに)知られていたが、セレスを世界王者にし、翌日にはキンジ天野をしてコウジ有沢を攻略せしめた。天才児だが問題児の「トラッシュ」中沼もいまやトップボクサーである。ハード・トレーニングだけでなく、選手の素質、気質を理解した上での指導ができることの証明だろう。

 今や完成したセレス小林のボクシングは、そう簡単には崩れまい。どのくらい防衛できるかは神のみぞ知るだが、現在の力と、三浦利美トレーナーの指導力、分析力があれば、相当の強豪にでも対応できるはずだ。次期挑戦者はヘスス・ロハスが有力とのことだが、ロハスでも、セーンでも、研究材料は十分にある。

 小林にとって、警戒すべきチャレンジャーは国内にいる。かつて完敗を喫した現OPBF王者・柳光和博だ。むろん、柳光は世界レベルでは何も証明していないし、最近の試合では負傷もあってしょぼい試合だった。しかし、ボクシングには相性というものがある。小林と同様にサウスポーの柳光相手では、これまでのアドバンテージのいくつかは失われるし、そもそもタイプ的に嫌な相手である。

 いつかは実現する可能性も大きい小林−柳光戦に向けて、両選手ともに可能な限り戦力をアップして、名勝負を提供して欲しいものだ。


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