デラホーヤは、「ポイントを計算しまちがえた」のだという。つまり、ポイントでかなりリードしていると思ったため、終盤のラウンドを安全策のアウトボックスに終始し、みすみすトリニダードの「逆転」を許したのだという。
この話、わかったようでわからない。ポイントを計算し間違うと「アウトボックス」してもラウンドを失うのだろうか(デラホー・コーナーは「こんなラウンドを重ねていては駄目だ」と叱咤していたのだ)?
同じような言葉を、かつて僕らは偉大なS・フライ級王者渡辺二郎の口からも聞いたことがある。
通算12度目の防衛戦、渡辺はかねてより「最強の挑戦者にして史上屈指のテクニシャン」の呼び声高かったヒルベルト・ローマンを迎え撃った。聡明にして雄弁な渡辺は、試合前、不安と恐怖をかくさなかった。「ローマンの強さはよくわかっている。今回だけは、特別に怖いと思います」(渡辺)
期待と不安の中、試合開始ゴングは鳴り、渡辺はローマンともほぼ互角の攻防を演じた。ただ、後半に入り、なんとなく元気がなく、微妙なラウンドをずるずると失っていった。結局小差判定負け。
試合後、渡辺は「しまった」という顔で「敗因」を語り始めた。中盤を終えた段階で、本人とセコンドはポイントでリードしていると思った。そこで無理には攻めて出なかった。しかし、その読みは間違っていた、というのだ。
だが、不思議だ。デラホーヤや渡辺は、とびきりスマートな頭脳の持ち主である。負けん気、勝負根性も人一倍である。それが、いずれにせよ接戦であることはあきらかな試合で、どうして積極的に勝ちにいかなかったのか?
たぶん、「ポイントの計算違いで負ける」というようなことは実際にはありえない。ボクシングで勝利する道は(誰もが知っているように)ただひとつ、自分のスタイルを貫き通すことだ。
ひょっとしたら、センシブルな2人は、相手の強さを考えすぎてしまったのではないか。「おそるべき相手」の攻略法を昼も夜も考えているうち、いつしか思考が現実からはなれて「理論」上の勝利へと向かってしまったのではないだろうか。
(99年10月)
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