ミハルゾウスキ対グリフィンのWBO・L・ヘビー級戦をドイツ・ブレーメン市で取材した。
なかなか豪華な前座カードの中に、「イスツバン・コバチ」の名前があった。コバチのことは、アマチュアボクシングに関心がおありの読者ならご存知だろう。なにしろ、世界選手権を2度制覇し、アトランタ五輪でもフェザー級金メダリストに輝いているトップ中のトップアマだった選手だ。
会場のブレーメン市立ホールは、ドーム球場ばりの大きな客席だったが、その最後列、スタンドのはるか上の方で、「オー、ココ! オー、ココ! 」と狂ったように声援している一団がいる。一見して、コバチと同じハンガリー人とわかった。
彼らはきっと出稼ぎ労働者なのだろう。稼ぎは、コバチよりもはるかに悪いはずだ。まだメインまでには間があり、空席が目立つ場内の、一番高い、安い席だけが埋まっている。今は亡き佐瀬稔さんが、マイアミボウルで見たという、アルゲリョ―プライアー戦の客席が最上段から埋まっていった光景も、こんなだったのだろう。
「ココ」のボクシングは、たしかに高度だが、悪いけどあまり面白くない。ひたすら正確に距離をはかり、打てるときに打ち、打てないときは慎重に様子を見る。14戦全勝5KOの戦績が語る通りだ。
だが、そんな「ココ」が、一発パンチを出すたび、一歩バックステップするたび、彼らは「ウォー、イェー! 」と大喜びしている。
熱狂するハンガリー人たちを見ながら、僕は翌日に迫ったウィラポン―辰吉戦を思い出した。海外に出ると、ナショナリストになるのは僕も同じだ。多分難しいだろうと思いつつ、「辰吉、奇跡の雪辱!! 」の報を遠くドイツの地で聞くことを心の底から念じた。
次の日届いた知らせは、残念ながら大方の予想通りのものだった。ただ、僕に試合の模様を伝えてくれた何人もの人々が、決まって最後に付け加えた。「でも、辰吉はずっと立っていた」と。
今、ベルリンの地下鉄の中で青い目に囲まれながら、ウィラポンに滅多打ちにされながらもひたすら立ち続けている日本人ボクサーの姿を胸に描き、勝手に目頭を熱くしている。(99年10月)
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