脇役も世界戦にふさわしく

 

by mario kumekawa

 

アジア初のトリプル世界戦は、メインに出場した6選手がそれぞれにベストと思える仕上がりで、非常に見ごたえがあった。

リンの精密な距離&タイミングの測定と、ワンディーの若いバネのせめぎ合い。バサンのメキシカンらしい鞭のようなアッパーにまったくひるむことなく前進を続けた坂本の魂のファイト。米国を代表するアヤラのあまりにもシャープなボクシングを、真正面からひねりつぶそうとした辰吉の恐るべき自信・・・。ボクシングの世界戦ならではの濃密な時間だった。

しかし残念なことに、試合の運営のほうは問題が多かった。その最たるものは、辰吉ーアヤラ戦の負傷判定の扱い方だろう。第6ラウンド、辰吉の受けた傷は、どう見ても試合続行を許すようなものではなかった。辰吉本人も、中断直後は自コーナーに向かって「もうできん」という表情、動作を見せていたほどだ。

けれども、ドクターはこのラウンド終了までの続行を許した。スーパースター辰吉の試合を即座にストップできない気持ちはわかるが、ドクターしかボクサーを守れない時があるなら、あそこは止めなければならなかっただろう。

負傷判定になって、レフェリーがアヤラから2点の減点をしたのも、地元のスターを守ろうとする過剰サービスだろう(その後、スライマンWBC会長が1点減点に訂正したが)。

僕が一番不満なのは、リングアナウンサーだ。負傷判定に至る経緯について、ひとことの説明もないまま、突然「WBC世界バンタム級チャンピオン、辰吉丈一郎」のコール。ファンも混乱したし、試合の格調も損ねた。

さらに言えば、リンや坂本の入場の前、会場の大画面モニターには辰吉の過去のファイトなどの映像が流され続けていた。この日の主役が偉大な王者辰吉であるのは認めないでもないが、やはりこれは世界戦を戦うボクサーにとってあまりに失礼な仕打ちだ。

大TV局やオフィシャルの人たちにとっては、数ある雑事のひとつなのかもしれないが、生涯を左右する大一番に命懸けで臨むボクサーたちと、それを畏敬の念を持って見つめる観客に対しは、もっと血の通った考え方をしてほしい。(98年10月)


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