☆9月5日・両国国技館

▽WBA世界S・フェザー級タイトルマッチ12回戦

○ 挑戦者 畑山 隆則 VS ● チャンピオン 崔 龍 洙

116−113

116−113

114−114

mario's scorecard

崔 龍 洙

10

10

10

9

10

9

9

10

9

9

10-1

9

113

畑山 隆則

9

9

9

10

9

10

10

9

10

10

9

10

114

by mario kumekawa

 

畑山は思ったような展開には持ち込めなかったが、精神と肉体のタフネスを示し、悲願を果たした。

世界戦としては、特に後半はもみ合いが多く、技術的には見所の少ない試合となってしまった。だが、鬼神のようなタフファイター崔龍洙をスタミナ切れ(?)でふらふらにさせたのは、畑山の底力だ。前回後半に追いまくられて、試合後に涙を流した屈辱が報われたと言えるだろう。

とはいえ、畑山の立ち上がりはひどく悪かった。前回の失速をふまえて抑え気味のスタートを切ったようだが、このローギアは失敗だった。自制した戦い方というよりは、ただの弱々しいボクシングになってしまった。 序盤の畑山の戦い方を見ながら、「体をビルドアップして、逆に減量に失敗したか! 」と心配がつのった。

プレッシャーも相当のものだったようだ。前回の惜しいドローに加え、畑山の明るいキャラクターにも期待したTBSは、局を上げてのバックアップを行なったが、これで畑山は圧力を受けてしまったらしい。力をセーブしていると言うよりは、固くて動けないシーンが多かった(試合前に崔が贈った花束を客席に投げ捨てた行為は、チャンピオンに対する敬意を欠く、けして正当化され得ないものだったが、それだけ重圧を感じていたのだろう)。

一方、崔龍洙は最高のスタートを切った。「再戦は頭の良い方が勝つ」というのはリングの格言のひとつだが、この言でいくと崔は勝利に値する努力を積んできたといえる。

前回は序盤で多くのショートフックやアッパーをクリーンヒットされた苦い経験を踏まえ、適切な角度への鋭いダッキングを磨き上げていた。しかも、畑山のパンチのタイミングを相当読んでおり、前半はパンチを受けることが多いはずの崔が、畑山のパンチの大半を空転させた。

崔対畑山の場合、どちらがアッパーを繰り出すタイミングをコントロールするかで中間距離における支配関係が決まる。これも前半は崔が勝っていた。畑山の動く一瞬前に、鋭いアッパーを突き上げ、挑戦者の腰を揺るがせていた。「序盤でこれでは、畑山は終盤にノックアウトされるかもしれない」という暗い予感がよぎった。

しかし、意外にも崔は5ラウンドあたりから早くも疲れの色を見せはじめる。フックの肘の締めが甘くなり、流れ気味の右ロングが攻撃の主流となってしまった。強敵・畑山を意識したあまり、いつもと違う前半を演じて疲労を早めてしまったのかもしれない。

崔の失速とともに、6、7回あたりから、畑山の左ジャブにリズムが出はじめた。ジャブがでることで、タイミングも良くなり、今度は中間距離でのアッパーでも制空権を握る。

8回、畑山が2度マウスピースを落とすと、崔は突如猛ラッシュをかけてきた。マウスピースの落下を畑山の疲労の現われと見て、チャンスと判断したのだろう。しかし、これはミスだった。たしかに畑山もきつい場面ではあったが、崔の雑になったラッシュに屈するような状況ではない。むしろ、崔の方が疲労をさらに深める結果となった。

しかし、畑山も完全にはリズムに乗れない。終盤はもみ合いが多くクリーンヒットの少ない試合となった。畑山は前半のセーブが(その意味では)成功して、崔よりも余力があるように見えたが、それでも完全な優位には立てない。先に打ち込むのはたいてい畑山だが、崔もかならず打ち返した。しかも、やはり崔のパンチの方が重い。

結局、前回同様のきわどい判定勝負となったが、今度は畑山の逆転勝ちで 新チャンピオンの手が挙がった。畑山は失策も多かったが、僕のスコアでも上のように減点分1ポイント分だけ畑山の勝ちだ。崔の渾身のボクシングを中盤で跳ね返すだけの強さが、畑山にはあった。

前チャンピオンとなった崔は多くを語らなかったが、スタッフはこぞって「マウスピースを何度も吐き出したら、減点されるのが通常だ。あれを減点せず、崔のパンチが低いからと減点するのは不当。本当に、あれが全部ローブローだったと思うか? 」、「畑山のダッキングの仕方は頭をぶつけるようにするもので、あれも反則行為だ」と、「不当なレフェリング」に強く抗議していた。

崔陣営の抗議は、けして負け惜しみとばかりは言えない。マウスピースを故意に吐き出すことは減点の対象となるし、崔の「ローブロー」はかなり微妙なものだった。しかし、マウスピースを落とすのと、ローブローとでは、やはり後者の方が反則としては重い。崔は若干不運だったが、レフェリングは不当とまでは言えない。

全体としてはミッチ・ハルパーンは「若手では世界ナンバーワン・レフェリー」との風評に違わぬ、好レフェリングを見せていたと言っていいだろう。もみ合いの多い試合を良く分けていたし、注意を与えるタイミングも適切かつ威厳があった。

技術的にはレベルの低い乱戦だったとはいえ、新王者畑山の力量は評価できる。崔は7度の防衛に成功した大チャンピオンで、しかも衰えていたわけではない。24ラウンド戦ってついに決着をつけた畑山の力は相当のものと見るべきだろう。とりわけ、タフネス、スタミナ、精神力は崔と互角のものがあることが証明された。 ジャブでリズムが作れない点、ストレートのスピードと伸びに欠ける点など、世界王者としては物足りないところもあるが、大崩れしにくい、しぶといチャンピオンになってゆける素質の持ち主といえるだろう。


コーナー目次へ
コーナー目次へ