展望: チャナ・ポーパオイン 対 新井田 豊

 WBA・世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦:8月25日・パシフィコ横浜

チャナ・ポーパオイン

35歳

44勝16KO1敗2分

新井田 豊

22歳

13勝7KO3分

 

 日本国内における予想は、やや新井田に傾いているようだ。例によって軽薄なテレビなどは、「世界王座奪取が確実視される新井田選手」と「かまして」いた。つい3ヶ月前の日本タイトルマッチで、痛烈なダウンを食う大苦戦、ラッキーとも言える引き分けをもらったボクサーが、「世界奪取確実」? ふつうに考えたら、おかしな話だ。

 しかし、実は僕も、「新井田にチャンスあり」という気がしているのである。前哨戦で勝てなかったボクサーが、世界王座に対して有利の予想が立つという、きわめて異例の事態だ。

 これは、チャナ、新井田、双方に原因がある。まず、チャナが王座を奪取した星野敬太郎戦は、世界戦としてはかなり凡戦だった。星野も攻撃できず、チャナもなんだかロートル風の戦いだった。あの試合に、「世界」の名を冠するのはいささか淋しい。ベテランの名選手チャナではあるが、かなり衰えてきていることも事実で、星野が初防衛のプレッシャーに縛られて力を出せず自滅した印象だった。

 一方、5月に新井田を前回の試合で地獄の入り口まで連れていった飯田大介は、最高の試合をした。あの試合は、新井田が飯田をナメて失敗した試合ではなく、2人の強いボクサーが一進一退でせめぎあった好試合だったと思う。

 僕は、近い将来、飯田が世界戦のチャレンジャーとしてリングに上がることになっても、全然不思議だとは思わない。むしろ、飯田にあれほど痛烈な先制攻撃を受け、足をがくがくさせながらも、じわじわと挽回していった新井田の底力と精神力には瞠目すべきものがあったと考える。

 しかも、新井田はまだまだ伸びている印象を与える。飯田戦の苦戦が、むしろ新井田にさまざまな教訓を与えるなら、ますます「世界」は近づく、と考えても、あながち都合のいいだけの考えとは言えないのではないか。新井田が飯田戦の大苦戦で心理的なダメージ(自信を極端に失うなどの)を負っていなければ、十分期待できる。

 畑山隆則がTVで「僕が天才なら、新井田は神様」と言って盛り上げようとしているが、たしかに新井田の素質は現在の日本ボクシング界において傑出したものがある。スピード、タイミング、距離感、パンチの切れといった、練習してもなかなか身につかない能力が、新人の頃から十分に備わっていた。充実著しかった日本王者鈴木誠をほとんどなぶりものにした王座奪取試合では、誰もが「ポスト星野は新井田」と認識したはずだ。

 世界戦でも新井田がその恵まれた能力をプレッシャーに負けずに発揮することができれば、星野戦のチャナなら十分に攻略可能であるように思える。

 とはいえ、先出の「世界奪取確実」はいくらなんでも言い過ぎである。チャナは、一見強そうには見えないが、レコードは圧倒的だ。47戦していまだわずかに1敗、それもロセンド・アルバレスに判定負けした試合しか黒星が無いのだ。

 そんなチャナの強さは、とにかく手が出続けるということに尽きる。けっして凄いコンビネーションを打つとか、ファイティング・マシーンだというわけではないのだが、とにかく、どんなタイミング、体勢からでもパンチを出すことができる。当然、強いパンチを打つことは少ない。しかし、ポイントはもっていく。必死で反撃しない限り、ラウンドを立て続けに取られてしまう。星野も、かつての大橋秀行も、別にチャナに打ち据えられたわけではないが、僅差のラウンズをごっそり奪われて、判定負けした。

 勘の良い新井田が自分の距離をとって戦えば、スピードの落ちた現在のチャナのパンチを立つ続けに痛打されることはないだろう。ただ、そこで「良いパンチ」を狙ってしまったら、落とし穴にはまる。ヒット数とは関係無く、チャナと同じだけのパンチ数を出すこと。これが絶対に必要だ。天才型の新井田だけに、捨てパンチを打たない傾向があるが、チャナ相手には「たぶん当たらない」ようなパンチでも出しておかねばならない。

 チャナの攻撃に迫力がないだけに、対戦相手は「やられている」感じはしないだろうが、ジャッジはチャナにポイントをつけている……、それがチャナの勝ち方だ。小差のラウンドは「取られた」と仮定して、明白に取ったラウンドだけで6つ以上あるようにしなければ、チャナの術中にはまる危険がある。

 


トップページに