●マイク・タイソンの怖さ

 復帰戦を見て、「やっぱり、タイソンは凄い」と心底思った。

 しかし、たぶん、強さが凄いのではない。マクニーリー戦のようなボクシングな

ら、少なくとも本当に一流のヘビー級ボクサーなら破ることは十分に可能だろう。

 凄いのは、そのあまりに圧倒的な存在感だ。僕は今回、多くの皆さん同様WOW

OWの衛生中継で見ていたのだけれど、タイソンが暗〜い表情でリングに向かう画

像が流れた時、テレビの画面を通じてさえ、ほとんど恐怖に近いインパクトを覚え

た。

 あの「コワさ」は、なんだろう?以前から、タイソンの対戦相手が異常に怖がる

現象は不思議がられていた。タイソンが異常なまでにに強いからか? いや、それ

だけではあるまい。タイソンに殴られる心配のない僕たちまでも恐怖を感じている

のだから。

 他に、対戦相手があからさまに恐れおののいたヘビー級王者といえば、ジョー・

ルイス、ソニー・リストン、ジョージ・フォアマン(若い頃の)といったところか

。しかし、タイソンのコワさとはどこか違う(リストンはちょっと近い気もしない

ことはないが)。

 以前僕は、タイソンのコワさはあのウィービングしながら攻め込む姿に集約され

るのではないか、と考えたこともあった。例のキャッツキル式の特訓で鍛え抜いた

「にょきにょき」という感じのボディワーク! あれは、機械のような、大蛇のよ

うな、ひどく非人間的な動きで実に怖い。実際に相手を倒す強烈なアッパーやボデ

ィーブローよりも、恐怖心をかきたてるのだ。

 本来は防御技術であるウィービングが恐怖の源となってしまうところに、タイソ

ンの存在としての凄さと、そのボクシングの恐るべき完成度がある、と思った。

 けれども、マクニーリー戦のタイソンはダッキングはしてもウィービングはなか

った(だから、ロープにつめられていたのかもしれない。ひょっとすると、今後の

挫折の原因になるかも)。にもかかわらず、僕が今までで一番コワいと思ったスピ

ンクス戦のタイソンに近い恐怖がそこにはあったのだ。 何かはわからない。とに

かくタイソンは、あいも変わらず、ブラウン管を突き破る狂暴なまでのリアリティ

を放出し続けている。