平和






゛平和゛

と言う言葉を学生の頃、辞書で調べたことがある

その頃は、その意味について何も思わなかった

思っていなかった

でも

いつの頃からか

゛平和゛がどのような事か

判るようになっていった





アーク・エンジェル内の医務室の中、ミリアリアはディアッカの額の傷に処置を施していた。

最終戦が一応終わった直後、ミリアリアは無言で隣に居たディアッカをこの医務室に連れて来たのだった。

戦闘の際の小さくはない傷からは血が出ていた。

それは、以前、自分が付けた傷と同じ所だった。

「………。」

「…………。」

室内での二人は黙ったままだった。

一方は包帯を巻き、一方はされるがまま。

けれど、嫌な雰囲気では無かった。

沈黙を破ったのは、ミリアリアの方だった。

「……終わったわよ。」

「ぁ、あぁ…サンキュ…。」

手際よくミリアリアは救急箱を片付ける。

その仕草は、少し哀しげに見えた。

「なぁ…ミリアリア?」

初めて名前を呼ばれ、ミリアリアはビクッと体を強張らせた。

「何よ…。」

「いや…その…。」

指で自分の頬を軽くかく仕草。ディアッカの照れているときの癖。

ミリアリアはいつもその様子を見ていた。


「…はっきり言いたいことがあるなら言いなさいよ。」

それは、自分にも言えたこと。


戦闘中、どれだけ心配したか。


バスターが撃たれそうになったとき、どれだけ心が悲鳴をあげていたか。


どれだけ



涙を流しそうになったことか。


彼は知らない。

知らせたくても、言葉がのどまで出掛かって出ない。

そんな自分に嫌気を覚えていた。



「その…良かった、と思ってさ…。」

「…え?」

意外なディアッカの言葉にミリアリアは素直に驚いた。

「…ちゃんと、ミリアリア守れてさ、ちゃんと…生きててくれて、良かったなって。」

俺、死んででも守ってやるつもりだったんだぜ?と、笑いながらディアッカは続ける。

「あ――でも、死んだら駄目か、やっぱ。」

ちょっとバツの悪そうな顔でまた笑う。


それが、『彼』の表情にとても似ていた。



ふと、自分の頬が濡れていることにミリアリアは気づいた。

「―――ッ!」

「…ミリィ?」

ポタポタと止まることなく落ちる涙。

咳を切ったように、言葉が出てくる。


「――当たり前じゃないっ駄目に決まってるじゃない!!何の為に戦ってたのよっ死んだら元も子も無いじゃない…っ!もう…死ぬのを見たくないの…っ。」



自分たちは何の為に戦ってきたのか

争いの無い世界

みんなが幸せになれるように



「――お願いだから、お願いだから…っ!!」

そう言ってミリアリアは床に崩れた。

室内に、ミリアリアの啜り泣く声だけが響いていた。




人々は゛平和゛を望んでいる

世界の 個人それぞれの

幸せとともに願っている




「…ミリィ。」

紫色の瞳を持つ彼は、蒼い瞳の彼女を抱きしめて、言った。

「――俺、バカだから、何にも考えずに行動してしまう、どうしようも無いバカだから…。だけどそんな俺を変えたのは、お前、だから…。」




守りたい 悲しみに揺れる心を

守りたい 孤独に囲まれている心を

――守りたい 彼女の゛平和゛を




抱きしめる腕がとても暖かかった。

゛平和゛なら気づかなかったこの腕が。






そして、ディアッカの腕の中でミリアリアは呟いた。バカ、と。




いつか、彼にも

教えてあげよう

゛平和゛の意味を






fin