| 約束
目の前に広がるのは果てしなく続く青い空だった。 それは、この場所でも、あの場所でも見ることの出来る空。 どんなに離れていたって、どんなに届く事が無くても広がる空。 その青い空に吸い込まれそうだった。
「――――っ!!!」 耳の奥に、鉱石の割れる涼やかな音が未だに残っていた。 その音と凌統の声を聞きながら、は自分が地面に落ちていくのを感じた。 体力には自信があるほうだというのに、この消耗は一体なんなのだろう。 砕け散ったピアスのあった左耳は焼けるように熱い。 視界はすでにはっきりとは見えていない。ただ、突き抜ける青だけが見えていた。
崩れ落ちるを見て、凌統は冷たいものを感じた。 彼女の言った「最後の役目」。 それが目の前で起こり、陸遜の癒された傷口を見た。 以前から、自分が怖がっていたこと。 最後の「役目」を果たしたら、その命はどうなるのかということだった。 趙雲の時は右耳と右目を、やられた。 それならば次はどうなるのか? 彼女のことだ。 自分の命をかけてでも役目を果たすのだと決意していたのだと思った。 が地に伏す瞬間、凌統が駆けつけ抱き上げる。 は、氷のように冷たく、そして羽のように軽かった。 「くそっ…お前…っ!!」 彼女がこうなることと知っていながら、止められなかった自分を責めた。 (自分が惚れた女さえ守れないなんてのは、嫌だね――!) 抱える腕に力を込めた。
「…凌統殿。」 頬を涙で染めながら陸遜は凌統に声をかけた。 「のことはあなた次第かも知れません…。早くここから彼女を連れて行ってください。」 「軍師さん…?」 「彼女が言っていたでしょう?未来は真っ白だと。それならば、大丈夫です。」 陸遜の言いたい事が、どこか自分の胸で考えていたことと一緒で、少し驚いた。
「生きるんです。」 それは、自分も、も、すべても。
を抱えていく凌統の後姿を見ながら、陸遜はまた涙に頬を濡らした。 自分を助けるために、命までかけようとしたに、胸の奥から想いがあふれ出しそうになる。 それは彼女が伝えてきてくれた想い。 「――、ありがとうございます。しかし貴女は…生きるんです。生きなければならないのですよ…?」 最初で最後の娘への小言。 そう呟いて、二人を追おうとした敵を切伏せた。
戦場の喚声が遠くで聞こえる林の中で、凌統は抱えていたをそっと地面に下ろした。 彼女は息はしているものの、それはもう浅いものだった。 耳は砕け散ったピアスの破片が無残にも刺さり血が出ている。 外傷は少ないが、彼女からは生気が見当たらなかった。
「!」 声をかけるがびくともしない。 「…あんた、言っただろ自分で…?始まりなんだよ…終わりじゃない…!」 自分でも驚くくらい酷く震えた声でそう言う。 の頬に凌統は掌を添えて、愛おしそうに触れる。
「――俺は手放す気なんてないんだよ…っ。」 彼女の言うとおり、想いが繋がっているとしたら、きっと自分と彼女だって繋がっているはず。 が伝えようとしていた「想い」は、暖かく自分を包み込んでくれた。 そんな彼女を愛しく思った。 それなのに。 こんなにも、一族の鳥としての彼女がいた。 代えられないのかと思った。
酷く冷たい世界にいた。 自分が地に落ちていくのを感じて、それから青い空だけが浮かぶ。 あぁ、あたし死んじゃうのかななんて片隅で思った。 でも、自分の母の願いを伝える事が出来た。 母が縁側でピアスの破片を手に取りながら、笑顔を向けていた。 叔父が、母の隣で笑っていた。 叔母の笑い声がどこかで聞こえる。 一族の「鳥」として、役目を終えた。 その気持ちで一杯だった。
けれど。 その気持ちのどこかで、何かが引っかかっていた。 これで良いと、決意したのに、何かが引っかかっている。 ふと。 この冷たい世界の中で一片だけ、暖かい羽が見えた。 それを必死で掴みたがっている自分がいた。
――ダメだよ、つかんじゃダメだよ ――でも、あたしは…あたしは……
『君は凌統と「幸せ」を続けても良いんだよ?』
この未来を変えることが出来るのなら、それは自分だ。
暖かい羽を掴むことは駄目なのだと思っても、自分がそれを求めてしまう。
――これが、答え、なのかな 自分の求めるもの その暖かさは彼と同じだった。
―――あたしは―――
瞳を開くと、すぐに凌統の顔が飛び込んできた。 それは今までが見たこともない顔だった。 それがおかしくて、つい笑顔になる。 「…ね、凌統…?」 「……なに?」 酷く、自分が素直になれているような気がした。 自分の心の中に、あの暖かい羽があるのを感じる。
「一つ、約束してくれる…?」 凌統の胸に自ら飛び込んだ。
「―――ずっと、ずっと傍にいて?」
答えを聞こうと瞳を上げると、答えの代わりに、口を塞がれた。
戦が終わり、草原に二人は立っていた。 「ん〜っ!良い風!」 「転ぶなよ、。」 「転ばない!」 二人でそんな会話をしながら、歩いていた。
戦は、援軍が間に合い、なんとか魏を退けた。 それからの孫権の動きは早かった。 早急に軍を建て直し、今度は逆に魏の隙を突き、一気に攻めた。 それから暫くして、魏を根絶やしにするところまで来た。 「乱世も終るわね。」 そんなことをのん気には呟く。
風に、の髪の毛がなびく。 彼女の髪は以前とは違い、すべて下ろされている。 母から貰った結び玉は、あの戦のときに壊れてしまった。 それは、自分の想いを叶えてくれたからだと思った。 凌統と一緒にいたいと思ったことを。
「ねぇ、凌統?あたしね、冷たい世界にいたんだ。」 「そりゃ、あんだけ冷たくなってりゃね。」 「もぅ、ちゃんと聞いてよっ。」 「はいはい。」 いつもの普段の凌統だったが、それは彼なりの愛情表現だとわかりきっていた。
「…役目を終えて、あたし死ぬんだなって思った。父さんを助けて、母さんの想いを伝えて。それで終わりだと思ってた。自分で全部判ってるつもりでも、全然判っていなかった。」 風の匂いを心地よく感じた。
「でもね、それを変えたのは――凌統、あなたの存在だよ。」
とびっきりの笑顔で、そう言った。
「凌統が、好きだから。あたし、好きだからここにいるの。いたいと思ったの。」
初めて自分の言葉にして、意味を持つ。 のその言葉に、凌統は口元を上げて微笑む。 自分じゃ変えられないものだと思っていた。 けれど、それはすでに自分と彼女で変わっていたものだった。
「――じゃぁ、一つだけ約束してくんない?。」 「――何?凌統。」
二人で、笑顔で、声を重ねた。 青い空がどこまでも続いている。 それは
『――ずっと、ずっと傍に――』
――遠い 遠い 約束
貴方と交わした約束
時を越えてもかわらないもの
鳥が 空を飛ぶように 未来への道標のように
すべての想いが紡がれていく それは青い空からどこまでも続いていく
約束
あとがき はい、最終話です。約一年という長さの連載でしたー…よくここまで続けられたな自分(え)補足としては、は無双世界に残ったと。いうことです。生き返ったのは(笑)彼女の生きたい想い、傍にいたい想いが結び玉によって叶えられたと。 一年前、この連載の題名を考えるのに「やくそく(約束)」というのを自分的にテーマにして書いていこうと思いました。自分的に考える「やくそく(約束)」とは、今まで小説の中で書いてきたことだと思います。約束は大事。けれど、この言葉の響きには他にいろいろなものが詰まっていると感じます。それは悲しいことも楽しいことも、愛することもすべてにおいてだと。 またそれと同時に、「生きること」「未来」ということも表現してみたかったのです。作中にも触れていますように、「未来」はいつも変わるものだと思います。そして、その「未来」を成り立たせるために、今まで「生きた」過去が存在しなければいけないということ。 糸のように繋がっているそれらはだからこそ「やくそく」といえるのだと思います。 想いの上で成り立つ約束というものは、そういうものも含まれているのではないのでしょうか。その「やくそく(約束)」を三人の主人公で表現してきたわけですが、結果は読んでくださったあなた様によると思います。ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。 書いている途中、自分の文章の表現力の無さに愕然としました。自分の言いたいことを読者に伝えるということはなんて難しいことなんだろう。それでも、今自分が持てるだけの力で書き上げました。自分自身を見直すことも出来たと思います。 これをばねにこれからも頑張っていきたいと思います。 本当にありがとうございました。 20060409 伊予 |
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