必死に役目を果たそうと、あたしはもがいていた。

母があたしの為に作ってくれた、着物の振袖が舞う。

右手に持つ刀が鈍い光を放つ。

これは夢だと言い聞かせても、これは現実に起こることだとすでにわかっていた。

視界が赤くなって、倒れそうになる。

ふと。

瞳の中に、いつも皮肉を言ってくる彼の姿が見えて、安心した。









「いやぁぁぁ!!!し、司馬チューがっ! ちゃん!ちゃんと倒しておきなさいよ!!」

「でも、叔母さん。司馬チューぐらい倒せるでしょぉ?」

「私は趙雲育て始めたばっかりなんだから!ってあぁぁぁ!」

清潔感の保たれた病棟から、女二人の声が聞こえた。

その病室の主である は長い闘病生活の暇を潰す為に昔からやっている「真・三国無双」を部屋に持ってきて姪の といつもプレイしているのである。

外は、日差しが強い夏であった。







 

それが、 の姪の名前。

そして、若干十代で が生んだ子供の名前である。

当時は珍しく、周りから色々なことを言われた。

けれど、 は断固、意志を貫いた。「育てる」と。

昔から、 は母 から 家のこと、自分の父親のこと。

そして、運命を変える者と言うことを聞かされ続けていた。

今はその想いはまっすぐに心の中にある。

16歳の日まで、迷わずにいられた。







日が傾いてもいまだ、 はゲームをやめないでいた。

ポツリと、 が画面を見たまんま、呟いた。

「――そういえばさ、叔母さん。今朝、夢を見たよ、あたし。」

「…そう。」

「見えるだけで、触れることは無かったよ。」

「じゃぁ、 兄さんに聞いておかなくちゃね。」

いつもの、優しい声で答える。

「母さん、なんて言うかな?」

ちゃんは大丈夫よ、 ちゃん。」

二人で画面を見たまま、会話をした。

のコントローラーを持つ左腕の手首には、翠色のハチマキのようなものが巻かれていた。

ちゃん、明日はお祭りなんだから、早く家に帰りなさい。 ちゃんが着物を持って寂しがっているだろうし。ね?」

「うん…。」

微笑みを浮かべて、立てかけておいた愛用の刀とバックを持ってドアに向かった。

振り返って、「またね。」と言った。

左手の翠色のものが揺れる。

のピアスの色が、彼女の母と同じように紅く光っていた。








「… 、おかえりなさい。」

「ただいま、母さん。叔母さん、元気そうだったよ?」

玄関に行くと、母が出迎えてくれた。

背筋が伸びていて、 とは違う、艶やかな黒髪をしていて、和服が良く似合っていた。

瞳の色が、親子だとわからせてくれる。

荷物を置いて、居間に行った。

が作っておいた夕飯がある。

座って、それを食べながら、普通に話した。

「母さん。そういえば、今日夢見たよ。」

も呉かしら、その色を見る限りでは。」

「うん、そうかも。あたし的には魏が良かったんだけどね〜。」

が心底悔しそうに言った。それを見て、 は笑いを漏らす。

「でも、まぁ…父さん、に会えるし。ちゃんと覚えているときに行きたいなぁ。」

笑みが深くなって、それは夏の空の清清しさと同じだった。













仕事の合間に、城の中で、一番高い木に登って、愛用のヌンチャクをぶらぶら弄んでいた。

他の場所に行っても良かったのだが、大抵、うるさい鈴の音が聞こえてしまう。

それに、この場所が好きだった。

昔、父と会話をしたことを思い出す。

鳥はどうして、空に行けるのかと。

父は面白い答えを言ったが、もう思い出せないでいた。




「――凌統殿!」

木の下から、まだ若い軍師の声が聞こえた。

少し溜息を付いてから、身軽に木から下りて、その軍師、陸遜の目の前に立った。

「何のようだい、軍師さんよぉ?」

「いえ、見かけまして。休憩中でしたか?」

「いや…。」

微笑みを浮かべる陸遜は、どこか、以前と違っていた。

雰囲気が変わった。

書簡を持つ手には、変った紅色の紐をしていた。

「そうそう。凌統殿も今度の賊の討伐に行かれるのですか?」

「あぁ。面倒くさいったらありゃしないけどな。」

頭をかきながら、言う。その様子を見て、陸遜は笑った。

「せいぜい、甘寧殿と喧嘩にならないようにしてくださいね。」

「そりゃ無理ってもんだよ、軍師さん。」

心底嫌な顔をした。

それから、陸遜は背を向けて、歩き始めた。

ふと、父との会話での疑問を投げかけた。







「…鳥は、何故空に行けると思う?」








陸遜は振り向き、聞き返しはしなかった。

その代わりに、また微妙をたたえて、口にした。

「そうですね…。きっと…同じだからではないでしょうか?」

「は?」

凌統が問う前に、陸遜はすたすたと行ってしまった。

言葉の意味が判らなくて、呆然としてしまって、あきらめたように、空を見上げた。














「母さんこの柄とっても可愛いね!!うわぁ〜!」

祭りのお囃子や太鼓の音が遠くに聞こえる。

に着付けてもらった はその着物の柄をとても気に入った。

「やっぱり、紺の地に、こういう柄が可愛いよねっ。」

「ほら、 。まだ帯があるんだから。」

「はーい!」

楽しそうに、母に背を向けた。

着物と言うよりは、浴衣であった。

ただ、浴衣より、長い袖。成人式に着るような振袖の長さだった。

それがまた は気に入っていた。

紺の地に、薄桃色の白い花を中心とした柄が入っていた。

手際よく、帯を締めていく。

、ちゃんと 兄さんから聞いた?」

「うん、あっちの作法とか大体聞いたよ。まぁ、多分大丈夫でしょっ。」

「そうね。」

「心配なのは、叔父さんが行った頃より前の時に飛ばされちゃったらどうしようってことだよ、母さん。叔父さんは大丈夫しか言わないし。」

「そうね、大丈夫よ。」

「母さんまで、もぅ。」

頬を膨らませて、母を睨んだ。

「貴女だったら、大丈夫よ。剣術も上手だし。」

「っていうか、この為に習わせたんでしょ?」

笑顔でそう言った。曇りの無い笑顔で。

母に背中をポンッと押されて、帯が締められた。

その後に、あまり変らない背の高さの母に頭を抱えられ、抱きしめられた。






「… なら、大丈夫よ。」

「うん。」

「…陸遜に、よろしくね。」

「うん。」

親子二人で、互いを確認した。












玄関で を見送る途中、 は髪留めにしていた紐を解いた。

いつも肌身離さずに見につけていた、紅色の紐の結び珠。

艶やかな黒髪が流れ落ちる。

無言で、両脇の髪の毛をそれで留めた。

なんだか、少しすっきりしたカンジがする。

「じゃ、母さん。行って来ます!」

「行ってらっしゃい。」

至極、普通に。いつも外出するときのように愛用の刀を携えて、出かけた。

ただ違うのはその服装のみであった。








掃き慣れたサンダルが音を出す。

夏の風がその父親譲りの髪の毛を揺らした。

母は昔こう言った。

私たちは空なのだと。

そして、またこう言った。

貴女は鳥なのだと。

空を自由に飛ぶ、鳥。

空に、想いを伝える鳥なのだと。

そして、繋がるものだと。

夜空を見上げて、目蓋を閉じた。

耳の紅いピアスが熱を帯びた。

次に目を開けると。












そこは戦場だった。












「…チッ!邪魔なんだよっ!!」

そう吐いて、凌統は敵をなぎ倒した。

賊の討伐と思って甘く見すぎていた。

現在、周りに見方は皆無だった。

「くそっ…!」

後ろの敵を倒そうと振り向いた瞬間。

大きな音と共に、一瞬にして敵が倒された。

その剣風を全身に浴びた。

そこを見ると、なぎ倒された敵のど真ん中に、見慣れないものを着た少女が剣のようなものを持って舞うように―敵を倒している。

大きな袖が、まるで羽の様に見えた。

その様子に唖然となって、凌統は無意識のうちに言葉を発していた。

「お前は、一体何者だ?」

その言葉に気がついて、その少女は、目蓋を一回伏せて、笑顔で言った。










「―――あたしは、一族の鳥です。」












その声は、死者に捧げる鎮魂歌のように聞こえた。












はいはい。第三部の始まりです。今回は普通のトリップ物です。…凌統がエセなんですけど(汗)うちの凌統はだらしの無い奴なんです。

これから、趙雲や陸遜、ちゃんと出てきます。