音色
「――駄目だ、今日はこれ以上やっても無駄だ。以上。」

いつもの吹奏楽部の練習中、が持つフルートのパートが思うように上手くいかず、氷室は怒って出て行ってしまった。

案の定、その原因のは顔を真っ青にしながら今にも泣きそうな顔だった。

「どうしたの?さん。いつも調子の良い貴女が先生に怒られるなんて…。」

先輩に言われ、は思い当たる節を捜す。

「…私の所為なんです、先輩…。」

椅子に座ったまま、それからは無言になった。

現在、春休み中。2年生になる間際だった。



太陽が傾きかけ、夕日が照らす中、一人で帰路につく。

そんな中、失敗した自分を責めた。

(…何で怒られちゃったのかな…やっぱり...。)

前に卒業してしまった先輩に言われたことがある。

『気分とかはね、音色に出るからね?気をつけるのよ、さん。』

「はぁ…。」

何度目か知らない溜息をつく。

「やっぱり、アレかなぁ…。考えてもしょうがないけど、やっぱり不安、なんだよね…。」

彼女がここまで気に掛ける不安...。

それは、2年生になって、誰が担任になるか。

1年生から2年生に進級するとき、クラス変えがある。

そして担任も変わってしまう。

運がよければ1年と同じ担任になることがあるが。

その担任の先生を好きになってしまったにはとても重大なことだった。

「――こんなに不安だけど、部活に支障を出しちゃ、部員失格だよね…。」

そう一言呟いて、は踵を返し、学校に向かった。

今、とてもフルートに向き合いたかったのだ。

それは、自分に渇を入れるため。

そして、支障を出してしまった自分の謝罪の意味も込めて。

戻っていく最中、咲きかけの桜の花びらが舞っていた。



一方その頃、数学教師にして吹奏楽部顧問、生徒にアンドロイドと言われている氷室は一人、教務室で今日の部活のことを思い出していた。

(…いつも良い音色を出すが今日に限ってどうして…。)

考えても考えてもその理由が分からない。

ただ分かるのは何か心に不安があること。

今はこの感情に名前が無いが、氷室はそれを取り除きたいと思った。

(…近いうちに、聞いてみるか。)

その答えをもうすぐ聴けるとも知らずに。




「…こんな時間に誰も居ないわよねー…ま、いっか。早く始めよう。」

かちゃかちゃと自分のフルートを出し、一人で、吹き始めた。

ほとんど人が居ない学校にその音は響いた。

綺麗、と呼べるがその中に寂しさが混ざっているようだった。

それは、吹いているが一番感じている。

「…ダメ、もう1回…ッ。」

何度吹いても、心の奥底の感情には嘘がつけなかった。



(――?まだ誰か残っているのか?)

遠くから、しかしはっきりと伝わってくる音を氷室は聴いた。

そして、それは確かめるまでも無く、の音。

「まったく…。」

その不安定な音を目印に、早足に音楽室に向かった。



「…ッ。」

何度吹いても上手くいかない、上手に演奏できない、納得出来ない。

そんな自分に悔しくてはとうとう涙を流してしまった。

自分の不甲斐無さに、声を上げて泣きたくなった。

力なく、その床に座る。

カランッと乾いた音を立てながら自分のフルートが転がっていた。

(…なんでこんなに出来ないの…?なんで…?)

ポロポロと床に涙の後を残していった。

と、突然、ドアが開く。

「――?!っ、どうした?!」

その惨状を見て氷室はすぐにの元に駆け寄った。

思いもよらぬ訪問者には驚き、そして心の片隅で喜び、また罪悪感が吹き上がってきた。

?どうしたんだ?それに何でこんな時間にここにいる?」

指で涙を拭いながら氷室は離しかけてくる。

先ほどの声色とは違う、優しく気遣った声。

(…こんな、声も出せるんだ、先生…。)

新しい発見に驚きながらも涙は出続ける。

そして、たどたどしく理由を話す。

「せんせ…私…ッ自分が許せなくて、自分の気持ちも…だから…だからッ。」

それだけで氷室は大体分かった。

、君は自分が許せなくて、また練習しに来たんだな?」

はコクンッと頷き、それから前を見れなかった。

そして、氷室は少し考え、うな垂れているの頭に手を乗せ、優しく撫でながら話し始めた。

「…、確かに今日の部活、近頃の部活で君が悩んでいるのは分かっていた。それを部活に出してしまったのは君だ。そして怒ったのは私だ。

悩むのは良いがそれを部活に出し、支障を出してはいけないと私は思う。だから怒った。」

「…はい…。」

その声は優しさを帯び、頭に響いてきた。

「しかし、人間誰しもその感情はどうしようも出来ない。だが、その原因は解決できると思う。

それに、音楽というものは気持ちに敏感だ。だから出やすいんだ。

その逆も考えられないか?音楽に乗せてこう、なんと言うか…。」

言葉が見つからないのか氷室は口ごもってしまった。

それがとても珍しくては少し笑ってしまった。

「先生、私またやってみます。聴いていてください。」

泣きはらした瞳でしっかりと笑顔で言った。

「あぁ、聴かせてくれ。君は、音楽が好きだから演奏するのだろう?」


本当は、先生もですけどね


そんなことを考えながら元気よく、はいと言って転がっていたフルートを持った。

さっきとは全然違う音色。

不安はまだあるけれど、氷室の声が胸に溶け込んでいた。


「ふむ…。」

一旦吹き終わり、感想を述べる。

「部活中よりはよくなっているが、やはりまだまだだな、。」

やっぱり、氷室らしく厳しい言葉。

そして、はその後の言葉に耳を疑った。

「やはり、2年生も私の元でしっかりしてもらわなくては。」

「えぇっ?!せ、先生!それって…。」

「?あぁ、まぁ明日が始業式だから言っても良いだろう、は私のクラスだが?」

待ちに待ったことなのかどうかは分からないがやっと不安は消えた。

そして、嬉しさがこみ上げてきて、自然に顔がほころぶ。

「先生!また一年、よろしくお願いしますね!」

一頻り元気になったは笑顔と、今日のことを忘れないと思った。


外を見ると、暗闇の中で綺麗に浮かぶグラウンドの桜並木が咲き誇っていた。

また、新しい一年が始まる。



                                    fin




あとがき。

いやん、なんなんでしょう、コレ。先生の説明部分が良く分かりません、ハイ。もっと精進ですね、ウン。うちも中学の頃先生に言われましたよー、機嫌が悪いなら帰れーッって(笑)やはりなんにでも機嫌悪いときって出ますよね、行動に。それが言いたかったんですけど撃沈;もっと精進ッスね!

読んでくださって、ありがとうございました。

2003 4 3 伊予

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