「ねぇ、プラティ。キスしたことある?」

それはサナレの突然の言葉から始まった。

驚いて机の山積みの書類の上に顔を突っ伏したプラティが声を上げる。

「…ど、どうしたのよ、サナレェ…。いきなり。」

どことなく顔が赤くなっている。

「ホント、この手の話には弱いわね〜。あ、小さい頃にお母さんからとかお父さんからって言うのは駄目よ?ちゃんと好きな人からってのはあるのかなって思って。」

「うぅ…。」





久しぶりにサナレが職務室に遊びに来たと思ったらいきなりこんな話で。

そりゃまぁ、プラティも女の子なので。

それに今気になっている人物も居るわけで。

その話に乗って答えた。





「わ、わたしは、ない…よ…。」

ちょっと呆れ気味に返した。

声は呆れ気味に返したつもりだけれど、やっぱり顔は赤くて俯いてしまった。




思い出すのは意地っ張りでちょっと無愛想なライバル。

やっと最近この気持ちに名前がついた。

少し前に女の子からちょっとだけ大人になったときから。

あの時は本当に恥ずかしかったけど、少し彼に近づけた気がした。

あれから彼とはあんまり会っていない。

むしろ、話していない。全然。

道ですれ違っても彼はいつも忙しそうだったから。






初めての恋は前途多難なのだった。

それを思ってプラティは短く溜息を吐いたら、サナレが突っ込む。

「何溜息ついてるのよ〜。まさか、ファーストキスをシュガレットに取られたなんて言うんじゃないでしょうね?!」

「それはないから!絶対!」

即答で言ってしまった。

心の中で今は出掛けているシュガレットに謝った。

「っていうか、どうしてそんな話題を振るの、サナレ?」

「興味よ、興味。良い女になるための。」

さらっと言い流した。

その後にサナレは付け加える。

「それと、プラティのため。」

「え?」

この言葉には、プラティも驚いた。

「この頃、ヴァリラに会ってるの?」

「うっ…。」

実はサナレはプラティが彼に想いを寄せているのを言ってもいないのに知っていた。

プラティが「どうして?」と問うと、「女の感よ。」と言った。

「まぁ、二人の問題だから早くキスしろとは言わないけど。プラティってちょっと奥手なとこあるから。」

「だって…恥ずかしいし、そんな急に想い伝えられるわけでもないし…。」

もじもじと今まで見ていた資料をペンで殴り書きをした。





実際、この想いに気づいてから、ヴァリラへの態度が妙にぎこちなくなって戸惑っていた。

会えないのは寂しいけれど、会えなくて少し安心してる。

そんな自分がいた。





「まぁ、今日来たのはプラティの恋の応援と、ちょっとしたプレゼント持ってきたのよ。」

そういってサナレはプラティの目の前に白い封筒を差し出した。

「何?コレ。」

「開いてみれば判るわ。」

そう言われて開いてみるとそこには「招待状」と書いてあった。

「ヴァリラからの…招待状って、何かあるの??」

「金の匠合で新年のパーティーがあるんですって。」

「パーティー…って…ぇえぇえ??!」

驚いた勢いに山積みにされていた書類がとうとう音を立てて崩れた。

「招待?!わ、わたしが?!ど、どうしようサナレ!わっわたしパーティーに着ていくような良い服ないよぉ?!」

思い通りの展開に思わずサナレは笑ってしまった。

(突っ込むべきところ一杯あるのに、プラティってば…。)

世間一般的にはお節介と言うのだが、これも良い女のすることと違って疑わないサナレは笑みを深めた。

(大体、自分で渡せば良いのに…ヴァリラのヤツ。)

「さぁさぁ。そうと決まればドレス選びに行きましょう、プラティ!」

「ど、どうしよう〜!」

シュガレットが戻ってきたときにはプラティはサナレに連れさられた後だった。









最近、プラティと会ってもいないヴァリラは機嫌が悪い。

彼の執事やケノン、父親にさえそう思われていた。

そこにちょうど、新年のパーティーの話が来た。

今年の幹事は金の匠合。

もちろん、知人友人、鍛聖たちを呼ぶことが出来る。

彼は招待状をプラティに渡したかったのだが。

だが、忙しいのと恥ずかしいとがあって結局サナレに渡してくれと頼んでしまった。

現在、少し後悔しているヴァリラである。




「……そこのお前、そのテーブルはあっちだ。」

注意された者はビクッと早々とテーブルを直す。

会場のセッティングを手伝っていた。

今までの彼なら不満を言っていただろうが、ここ数年で自分でも変ったと彼は思っている。

それもこれも、彼女に出会ったから。




ただ、ヴァリラの機嫌と会場の緊迫は同じだったのは言うまでもない。

ヴァリラの後方から、彼が一番信頼を置いている部下が話しかける。

「ヴァリラさん、少し休んだほうが良いですよ。あとは俺たちだけでやりますから。」

ケノンの注意に、自分が疲れていることに気づいた。

「あぁ…そうする。」




そう言って会場を後にして、自室に戻る途中、窓の外を見ると、サナレとラジィに連れられているプラティが小さく見えた。






声をかけようにも距離が遠い。

だから、見るだけしか出来ない。

このもどかしさが嫌だった。

自分の気持ちが判っていても、彼女と会えないことにこの胸のもどかしさは押さえきれない。

ここまで、彼女――プラティのことが好きなんだと、改めて気づかされる。

自嘲的な笑いを浮かべて呟いた。






「…また俺はお前を追っているな…プラティ。」

夕日が赤く染まっている。

パーティーは3日後になっていた。








「アネキィ〜!絶対こっちのほうが似合うって!!」

「ラジィ、そっちじゃなくて、プラティにはこれ!」

パーティーの二日前。

いまだ洋服店で着せ替え人形と化しているプラティがいた。

「お母さん〜助けて〜!」

「あらあら〜、良かったじゃない、プラティ。良いお友達が居て。」

「そういうことじゃなくて…きゃぁ!」

「プラティ、のん気に選んでる場合じゃないんだって!明後日なのよ?!」

試着室はごちゃごちゃとしていて、熱気が立ち込めている。

さすが、女の子と思ってしまった。

カーテンから空気を求めてプラティが顔を出すと、アマリエの後ろに見知った母子がいた。

「ケノンさんの奥さん!どうもお久しぶりです〜!!」

その声に気づいて試着室のすぐ傍まで来た。

アマリエと小さく会釈する。

ちょっと疲れながらも、プラティも声をかけた。

「奥さんもドレス選びですか?」

「えぇ、この子の。私の服はもうケノンから贈られてきたから。」

にっこりと幸せそうな笑顔で言う。

「凄いですね!」

そう言うと、意外そうな顔をして少し年上の彼女が言った。




「招待状を送られた人にはセットで送り主が選んだドレスが来るはずなんだけど…。」





その言葉に、今まで騒いでいたサナレやラジィが静まる。

もちろん、プラティも固まった。




「…はい?」

「ボ、ボクたちも招待状貰ったけど、ドレスなんか付いてなかったよね?サナレ。」

「えぇ…。」

目を丸くする三人。

「そういえば、プラティ。家にヴァリラくん名義でドレスが送られてきたわよ?」

そんな静かな中、アマリエは普通に平然とそのことをプラティに伝えた。











アマリエとプラティと分かれた後、サナレとラジィは近くの店でお茶を飲むことにした。

「…あれよね、判っていたことだけど、ちょっとね…。」

「うん。まぁ、ボクたちはヴァリラの友達だから。アネキはパートナーとしてだしね。」

「ラジィ、あなた爽やかね。」

「うん。だって、良い女に早くなってボーイフレンド作りたいもん。」

「そうよね…先に良い女にならなくちゃ!さ、ケーキ食べましょう!!」

「あ、コレ美味しそう〜!」

こうして、発展途上の良い女の子候補はパーティーの二日前を過ごした。











一方、アマリエと一緒に家に帰ったプラティは小包の前に仁王立ち(浮いているが)しているシュガレットが待ち受けていた。

「…プラティ様…これは一体なんですか?」

プラティが口を開く前にシュガレットが続ける。

「私は…プラティ様の幸せをいつも願っております…けれど、これは抜け駆けです!」

涙目で抗議するシュガレットを見て、プラティは焦りだした。

「いや、あのね…シュガレット…。」

「どうして私にパーティーのことを相談してくださらなかったのですか!!私だったら、プラティ様のお肌のケアやエステをしますのに!!」

「――え?」

想像していた言葉とは全く違い、呆気に取られてしまった。

「あぁもうあと二日しかないじゃないですか!!これじゃ、プラティ様の美貌と可愛さを引き出すためには時間が無さ過ぎる!」

「いや、えシュガレット??」

本当に今回は色々と呆気に取られたり、ビックリすることが重なると頭の片隅でプラティは思った。

「さぁ、プラティ様!このシュガレットが命を駆けても、素敵なレディにして差し上げます!!」

またしてもプラティはシュガレットに連れていかれてしまった。

その様子をいたって普通に平然とにこにこ笑いながらアマリエは見ていた。






パーティ当日の夕方。

夜から始まるので、プラティは準備をしていた。

していたというより、シュガレットにされていた。



「あのね、シュガレット。隠していたわけじゃないの…。」

「判っています、プラティ様。」

鏡の前で、シュガレットに髪を結われて化粧をした。




「シュガレットはプラティ様のことが大好きです。大好きだから、幸せになって欲しいのです。」

初めて唇に紅をさした。




「シュガレット…。」

母から、鍛聖になったときに譲り受けた真珠と黒真珠の淡い首飾りをする。




「プラティ様、ご自分に自信をお持ちください。――臆病になられることはないのですよ?」

ヴァリラから贈られてきたプラティに合った、レースの付いた山吹色と紅色の白を基調としたドレスを身に纏う。




「…うん、ありがとう、シュガレット。」

それはまるで、プラティの為だけにあつらえたようなものだった。












階下に行くと、アマリエからヴァリラが迎えに来ていると、伝えられた。

いつもみたいに笑っているが、「綺麗よ、プラティ。」と言ってくれて、頬が赤くなった。

「迎えに来てるの?ヴァリラが?」

「えぇ、外の方に。行ってらっしゃい、プラティ。」

「うん…!」






笑顔で戸を開けた。










外に出ると、久しぶりに会う、いつもの、けれど、少しまた大人になった感じのヴァリラが立っていた。

久しぶりすぎて、声が出ない。

胸の鼓動が早くなるのが判った。









「…遅いぞ、プラティ。」









彼の声を聞くのも久しぶりで、新鮮に感じた。

やっぱり白を基調としたタキシードは彼に似合っていて、どことなくプラティのドレスと合っていた。

「やはり、似合うな。俺が選んだドレスは。」

そう言うヴァリラの顔は少し赤くなっているように見えた。

「こんな、高価なドレス、ありがとうヴァリラ。…それと迎えに来てくれて。」

恥ずかしいけど、精一杯の笑顔で答えた。

「いや…。それより、早く行くぞ。もうすぐ始まる。」

「うんっ!」






目の前に手が差し出されて、それに自分の手を重ねた。






「…不思議だね…ヴァリラに触れると、ドキドキするんだ…。」

プラティがそう呟くと、ヴァリラも呟いた。

「……俺もだ、プラティ。」

夕日が沈んで、空には星が輝き始めた。













ちょうど二人が着いた時、すでにリンドウ師の挨拶が終わり、ダンスが始まっていた。

「わぁ〜凄いねサナレ!ティラムさんとルマリさん、上手だね〜!!」

「凄いわね、本当に。」

ホールの中央から少し外れた休憩スペースでサナレとラジィはダンスの様子を見ている。

その隣でコウレンは男性陣に、ウレクサは女性陣に取り囲まれていた。

「それより、プラティたちどうしたのかしら。」

「今ちょうど来たよ、ホラ。」

ラジィの指した中央にある階段から、ヴァリラがプラティの手を引いて降りてくる姿が見えた。




「…あの二人、凄い目立ってるね。」

「えぇ…。なんだかんだいって目立つ二人だもの。」

「結婚式とかだと新郎新婦より目立つタイプだよね。」

「むしろ、あの二人がトリね、絶対。」

そう口々に言って、手に持っていたグラスからシャンパンとジュースを飲み干した。










「凄いいっぱい居るね〜!!」

「あぁ…。」

プラティの手を引いているヴァリラは気が気でなかった。







もちろん、恥ずかしいという気持ちもあるが、それよりも、自分が贈ったドレスで着飾ったプラティはとても綺麗で、この会場の男の注目を浴びていたからだ。

それに、久しぶりに彼女に会って、嬉しいと素直に思っていた。








「見て見て、ヴァリラ!みんな上手にダンス踊っているね!」

「俺たちも踊るか、プラティ。」

「え?」





その言葉と共に、ふわっと空中に浮いた気がした。

周りがざわめく。

階段を下りかけていたプラティは両手をヴァリラに支えられ、空を舞うように下ろされた。








そこはもうホールの真ん中。









「ちょ、ちょっとヴァリラ!わたし踊れないよ?!」

「大丈夫だ。…俺に合わせて踊れ。」







手を絡め、腰に腕を回された。

それだけで、倒れそうになる。








「それに、難しいステップじゃない。」

頭上からヴァリラの声がした。

なるほど。ついていけないわけじゃない。

足をもたつかせながら、プラティはヴァリラと踊る。

周りの注目を一身に受けて。

それはとても息の合ったダンスだった。









プラティがヴァリラの方に顔を上げると、また背が高くなっているような気がした。

「ヴァリラ、また背高くなった?」

「そうか?」

「うん、また差が開いてる…。わたしも追いかけなくちゃね、ヴァリラを。」





笑顔で少し照れくさそうにプラティは言う。






「…いつも追いかけているのは俺のほうだ。」

真っ直ぐに彼女の瞳を見て、ヴァリラも言う。

その彼女の瞳が少し伏せられて。










「実を言うとね…わたし、会えなくて寂しかったんだ。」






周りに聞こえない程度に呟いた。

やっと、戸惑いも消えて、素直に言える。







「前、家におくってくれたこともお礼言いたかったし。それに、それにね…。」




なんだか、胸の奥が切なくて、音楽が沁みて、彼の存在が近くに居て、潤んできた。

笑顔に一筋の雫が零れる。









こんなにも彼の存在が大きくなっていた。









「…俺はいつだってお前を追いかけてるんだ、プラティ。」











ヴァリラは少し身を屈めて、プラティの額にキスをした。












今はまだ、言えないけれど、いつも追いかけてる。














それに一瞬驚いたプラティだったが、すぐに真っ赤になって笑顔で答えた。

「……わたしたち、追いかけっぱなしだね。」

「あぁ。」







少しだけど、プラティを自分の方に引き寄せて、自分をヴァリラの胸に身を任せた。













今はまだ、言えないけど、いつも追いかけてる。


















この調べに乗せて、明かりが外の星のように見えた。

あとがき。

滅茶苦茶長くなってしまいました。ハフー。テーマはデコチュー(え)凄い自己満足の世界になっていますね〜。ってホント長い(汗)

あと、ヴァリラが嫉妬する小説とか裏書いてみたいです(ヲイ)

読んでくださってありがとうございました。

2005年1月3日 伊予