あなたが好き







なんだか、街を歩くと女の子がざわざわしてて、騒がしい。

この頃、中央工城に行くとき、プラティはそんなことを思っていた。

(…なんなんだろう…?)

サナレやラジィに聞いてもただ曖昧な笑顔で無言で返すだけで教えてくれない。

(う〜ん…そうだ、ナツミさんに聞いてみよう。今度の手紙に書いて。)

そうして、事態は名も無き世界のこの季節独特のイベントになっていった。





ちなみに、どうして街中の女の子たちが騒がしかったのかと言うと。

某異国のカレー屋さんで新しいデザートが出来たと評判だったからだ。

味はぴか一だそうな。









「…ばれんたいん、かぁ…。シュガレット知ってる??」

早速ナツミからの返事が来て、そこにはこう書いてあった。

『今の時期、女の子がそわそわするなんてバレンタインに決まってるじゃない!あ、バレンタインっていうのは、もともとあたしがいた世界で…』

要約すると、ばれんたいんという日にいつもお世話になっている人たちや大切な人たちにお菓子をあげる日なのだという。

「すみません、プラティ様。ここ数年、行事には疎くて…。」

シュガレットがいつものように空に浮いて執務室の本棚を整理しながら答える。

「でも、どうしてお世話になっている人や大切な人に渡すだけでみんなそわそわするのかなぁ。」

「あら。プラティ様、メモが落ちていましたよ。」

ナツミから貰った手紙のメモを落としてしまったようで、それをシュガレットが拾ってプラティに渡した。

そこには「P.S 大好きな男の子にもちゃぁんとあげるんだよ?」とナツミの文字で書かれていた。






「「大好きな…」」







そのメモに書かれていることをプラティとシュガレットは二人して声を合わせて読んだ。

プラティは某自称帝王をすぐに思い出して顔を真っ赤にし、シュガレットはプラティからの一番の贈り物は自分だと思い込んで遠い目をしている。







「なっなんでヴァリラのことすぐに思い出すの…?!わたしってば…。」

「プラティ様…シュガレットはプラティ様が良いです…。」

「〜っとシュガレットォ〜!!」

いつものように押し倒されそうになり、慌ててプラティはシュガレットから身を遠ざける。

さっきの思い出したことについてはちょっと置いといて、まずはシュガレットを何とかしないといけなかった。

「シュ、シュガレット…?あ、あのね、ちゃんとシュガレットにもあげるよ?いつもお世話になっているし…。」

「お菓子じゃ、嫌なんです。プラティ様が欲しいんです…。」

この目は危ない、と察知したプラティは冷や汗をかき始めた。

「シュ、シュガレット…!」

「プラティ様…。」

お互いの息がすぐ判る距離で、突然、ドアが開いた。

むしろ、自分の存在を示すように大きな音を立てて。









「――邪魔だったか?」

そう口に出して、自称帝王のヴァリラが怒っているような様子でそこに立っていた。

お楽しみを害されてシュガレットはむっつりとした顔で「いえ…。」といいながら、また本棚の整理を始める。

間一髪のタイミングで入ってきてくれて、プラティは安堵の息をついた。






「何か用?ヴァリラ。あははは…。」

安堵したと同時に、さっきのことを思い出して少し顔を赤らめた。

「いつ見てもお前はそんな調子だな。…ほら、金の匠合に頼んであった定期船今月積み込み決算の書類だ。」

「あはは…。ありがと、ヴァリラ。って、この仕事早くない??この前頼んで、まだもう少し猶予はあるはずなのに…。」

その書類を受け取って、目を通す。こういう仕事はやっと慣れてきたプラティである。

どこを見てもミス一つ無く完璧だ。

「俺は遅れるのが嫌だからな。迅速に仕事をするんだ。」

「ヴァリラがしたの?凄いね…わたしだったら時間かかっちゃうのに。」

素直にプラティはヴァリラに感心する。

ヴァリラはむしろ、プラティから頼まれた仕事を引き受けて、持ってくる口実が欲しいだけなのだが、やはり仕事のこととなるとその才能を発揮する。やはりヴァリラなのだ。

「ヴァリラがこんなに早いなんて思わなかったよ。これで少しわたしも早く仕事できて、お休みもらえるかも。」

「休み?」

「そう。この仕事の一件が終わったらお休みもらう予定なんだ。この頃忙しかったからってリンドウ師が。」

思い出してみると、ここ数週間、プラティは執務室に閉じこもりっきりなのをヴァリラは思い出した。

「だから、頑張らなくちゃ!あとはここのところを……ね、ヴァリラ?」

「なんだ?」

書類の最後のページに万年筆を持って向かったプラティが、ちょっと躊躇いがちに、聞く。

「この仕事が終わったらさ、ちょっと買い物付き合ってくれない?」

ほのかに顔が赤い気がする。

「?いいが…。」

「良かった!じゃ、早く終わらせて迎えに行くから!この様子だと…午後かな?」

「判った。」

振り向き様にそう言ってヴァリラは執務室を後にした。

あとに残ったのはニコニコ顔のプラティと背を向けて怒りを露にしているシュガレットだった。






(えへへ…みんなにあげるお菓子と…ヴァリラにあげるもの買おうっと…!ちょうどお給料も入ったし…!)








企んだ顔をして、万年筆がスラスラ動く。ちなみ、この気持ちは感謝とちょっとした暖かい気持ちによるものである。

シュガレットはプラティの天然さに少し嫉妬した。

金の匠合への帰り道。

機嫌の良いヴァリラを見たとラジィがサナレに伝えた。恐ろしいものを見たかのように。











「―――できたぁ!よしっじゃ、シュガレット行ってくるね!」

プラティがそういうと同時に机の上に山積みにされていた書類や資料が雪崩を起こして崩れていった。






「…あ。」

「もう、プラティ様ってば。」

機嫌が悪かったシュガレットは少し微笑んで、それを片付ける準備にかかった。

「プラティ様…悔しいですが、楽しんできてください。」

「うん?」

小さな声でそう呟いて、資料を持つ。

「楽しみにしていますよ、プラティ様。」






「えへへ…シュガレットには一番美味しいものあげるから!」








「…はい。」

その言葉だけで、自分の心が満たされるのが判る。

なんて安物の心なんだろう。そしてもっとと思う欲張りなんだろう。

複雑な気持ちのまま、シュガレットはプラティが出て行くのを見届けた。

出ていったプラティは本当に良い笑顔で出て行った。

彼に会うだけでそういう風になるということはプラティ自身気づいていない。













顔に当る潮風がいつもよりもっと心地よい。

金の匠合へと続く道をプラティは走っていた。

なんだか、久しぶりにこんなに走ったかもしれない。

いつもお仕事ばっかりだったし。








金の匠合の戸の前について、少し乱れた髪の毛を直す。

「…あ…っ!」

縛りなおしていると、母親から貰った髪留めのゴムが切れてしまった。

「しょうがないっか…いいや。」

もう片方のまげのゴムも取った。







手ぐしで軽く梳かして、ベルを鳴らそうとしたらヴァリラが戸から出てきた。






「ちょうど良い時間だ、プラティ。」

プラティを見、口元を吊り上げて笑う。

その見慣れた笑顔が嬉しくてプラティも笑った。

「走ってきたから。」

「どうしたんだ?髪の毛。」

潮風になびく銀髪を見る。

「あ、これね。まげを直してたらゴムが切れちゃって。だから取ったの。…へんかなぁ、やっぱり。」

その照れる様子が新鮮で、なびく彼女の髪の毛が目に映った。

前よりもまた、大人びた感じがする。

それを再認識して、ヴァリラはプラティに目を合わせづらかった。

「…いや。変じゃない。行くぞ、プラティ。」

「良かった。うん。じゃ、まず、前ケーキ食べたお店に行こう!」

「あぁ。」

いつもと違ったプラティと一緒に歩くのは新鮮だった。

もっとも、いつも緊張しているなんてことは永遠に口に出来ないことなのだが。

二人を見送るリボティとナシュメントがハンカチで涙をふいたり、鼻をかんでいたのはまだ後日のこと。













買い物の途中では、プラティは「ばれんたいん」についてヴァリラに話した。

いつもお世話になっている人たちや大切な人に感謝の意味を込めてお菓子を贈るということを。

ナツミが言いたかった肝心なところは言わないで。

そのことをヴァリラは感心し、プラティの買い物に付き合った。









日も傾き、空が茜色に染まる頃、そこにはプラティの荷物係として両手に沢山のお菓子を抱えているヴァリラがいた。






「ごめんね、ヴァリラ。荷物持ってもらっちゃって…。」

「お前、本当はこれが目的で俺を連れてきたんじゃないのか?」

「ち、ちがうよ〜!えへへ。」









プラティの笑い声と、ヴァリラの声が重なって響く。

それは本当に穏やかな風景。

海はそらの茜色を映していた。

「……おい、プラティ。」

「ん?」






先に歩いていたプラティが、呼ばれて振り向くと箱を投げ出された。

「なに…?これ。」

「お前が言っていただろう?『ばれんたいん』には感謝を込めて贈り物をすると。その…俺からのだ。」

空の夕日の所為なのかわからないがヴァリラの顔が赤い気がする。

(…もっとも、俺は他に想う事があってやるんだが…こいつは気づかないだろうな。)

心の中でそう思うヴァリラがいた。

箱を受け取ったプラティはというと、今日一番のゆでだこだった。








(――判った…どうして、あの時ヴァリラのこと、すぐに思い出したのか…。わたし…。)







「――ヴァリラ!これ。」





プラティも、そっと鞄から箱を出した。綺麗にラッピングされたそれはヴァリラの隙をみて購入したもの。











どうして、こんなに動揺するのか。

胸が痛いのか。

やっと、判った。















――わたし、ヴァリラのこと好きなんだ…。













ライバルだけど、一番気になる人。

わたしをいつも怒ってくれて、時には不器用だけど励ましてくれる人。











「わたしも、ヴァリラにあげるね、これ。――だいすきな、あなたに。」











夕日を背にして、プラティの表情が読めない。

でも確かなのはいつにもまして輝くような笑顔を浮かべているということ。

「――あぁ、ありがとう。プラティ。」

それを受け取るのがなんだか恥ずかしい。

彼女の最後に言った言葉が気になる。

肩を並べて歩いて、プラティを見ると、銀髪が彼女の周りを舞っていた。




それだけで、どうでもよくなった。





ヴァリラがこっちを見ていて、目があった。

やっぱり、恥ずかしい。

でも、彼の顔と鮮やかな黄金色を見ているだけで、自然と笑顔になった。





肩を並べて歩く二人のシルエットは並んでいた。








彼女の初めての気持ちと彼の、また一歩近づけた気持ちが。














後日。誓約者のパートナー、護界召喚師から、誓約者が言っていた『ばれんたいん』の本当の意味を聞いたヴァリラはまた顔を赤くして黙り込んでしまったという。


あとがき。

……。初々しい二人を書きたかったんです。プラティがヴァリラのこと好きだって初めて判ったところを…。だってオフィシャルじゃ、ヴァリラ→プラティじゃないですか!!子供から大人になって欲しいんです、プラティ!(何)

バレンタイン小説ですので、フリーです。

よろしければお持ち帰りください。その際、ご連絡くだされば喜ぶ下等生物です、私。また、誰が書いたか明記してくださいませ。

2005年2月7日 伊予