僕の位置君の場所










試験日の前日に、トリスが忽然と姿を消した。

「まったく…!」

トリスと呼ばれた少女の兄弟子ネスティは何度目か知らない溜息をつく。

彼女の行きそうな場所をほとんど探しても見つからない。

「街の外には出てないだろうが…。そんなに試験が嫌なのか。」

独り言をごちて、ネスティは街中を捜し歩いていた。





トリスもそろそろ17になる。

その大切な試験の前に逃げ出すとは。

そんなことを考えながら、それとも…と思いを廻らすのは兄弟子の感情だけではない。

そう思った途端、ある場所を思い出した。

「…まさか、あそこに?」

その場所にトリスがいることを願って踵を返した。














埃の篭った書庫だった。

そこは屋根裏部屋で、幼い頃から彼女が何かある度にここに逃げ込んだ。

ここを探すのを忘れていたことにネスティは自分で腹を立てる。

そして、いつも彼女がいた机の隅の人一人分が入れるくらいのスペースを見た。

「――…ここだったのか、トリス。」

今までの怒りなどすぐに忘れた。








何故なら彼女がこの部屋にいる時点で、彼女の心は酷く泣いているというのを知っているからである。

やはり、見るとトリスの目元は赤くなっていた。

ネスティが声をかけてもトリスは言葉を返さなかった。

一つ溜息をついて、「どうした?」声をかけた。

膝を抱えて座っている彼女は酷く小さな子供に見えた。

目線を合わせるように膝を折る。

そうしてやっとトリスは口を開いた。








「……私はここにいちゃいけないから、召喚師になったら、いられないから…。」










彼女の立場上、召喚師になったら追われるような状況になるだろう。

それは自分もあることで。

「だから、試験日の前にこうしていたのか?」

無言は肯定にあたる。

ネスティは今日一番の溜息をついた。







「…本当に君は馬鹿だな。」








彼女の柔らかい頭を撫でる。

「誰が言ったのかは知らないが、君の場所はちゃんとある。」

語りかけるように言う。

いつもトリスに言い聞かせているように。

けれど、以前とは違う気持ちで。

「ラウル師範だって、僕と同じ事を言うぞ?君の場所はちゃんとあるんだから。」

一瞬、彼女の肩が震えるのがわかった。

「…ネスはそういうけど、どこなの?自分じゃ、わからないよぉ…っ。」

涙を浮かべて、声を出した。

不安を押し殺して、いつも耐えている彼女がいる。

その心はいつも見ているもの。












「馬鹿。周りを見ろ。…僕がいるだろう、トリス?」













その言葉を聞いた途端、彼女は気づいたような顔をして、ぼろぼろと涙を流した。




「君の場所はちゃんと僕の傍にあるじゃないか。囚われ過ぎないで周りを見ろ。」

そうして、彼女を抱き寄せて、子供をあやすように背中を優しく叩く。

トリスのしゃくり上げる声が部屋に響いた。














今はただ、この不安を抱きしめるだけしか出来ないけれど。

いつも、いつまでも君の場所はあるんだ。










そして僕の位置は。












―――いつも君の隣だ、トリス














久しぶりのネストリです。うわー、久しぶり。このお話前々から書きたかったお話。トリスの場所はいつもネスの傍であって、ネスティの位置はトリスの隣というのを書きたかったのですー。このお話はゲームの最初よりちょこっと前のお話。

読んでくださいまして、ありがとうございました。

20060317 伊予