書いた人:フイム

「少し疲れてしまいました」

「じゃあ、少し休んでいこうか」

「・・・・・・無駄に魔法を使うからよ」

「はっはっは」

 カノンの言にアトリーが頷く。ミューが小声で突っ込みを入れるのはいつもの事だ。

 四人(三人と一羽?)は、先ほど迷い猫を探し出してきた所である。
                      センス・フォウ
 その時カノンは≪敵感知≫という消費の激しい魔法を使った。

 その後休みを取っていないので、まだ疲れが残っているのだ。

 しかし、冷静に考えるとミューがつぶやいた通り、やはり無駄であったといえる。

 おそらくアトリーもそれが分かっているだろうが、カノンを傷つけまいとしているのだろう。

 ロイが何を考えているかは、例によってよく分からない。

「じゃあ、どこに行きましょうか?」

 ロイが笑っている事を少し不審に思いつつカノンが尋ねる。

 幸せな娘である。

「うーん、ここからだと・・・どこも中途半端な位置だね」

 ここは住宅街。休める場所などどこにもない。

 サリカ神殿が近いが、カノンが神殿住まいとはいえ休むに最適な場所とはいえない。

 四人が道の真ん中で悩んでいると――迷惑な事である――後ろから声がかけられた。

「あら?皆さんおそろいで何をなさっているのです?」 レナさん

「あ、レナさん」
                     ウィザード
 エルファでもあり、魔術師でもあるレナだ。

「ちょっとね・・・ところでレナさんはどうしてここに?」

「この先に空き家を借りていまして、そこへ行くところですわ」

「ほう、空き家を。しかしエルファである君がそんなもの何に使うのかね」

「ここは人間の街ですから。エルファの形式を通す、というわけには参りませんわ」

 ロイの皮肉とも取れかねない問いにも、レナはにこやかに答える。

 もっとも、ロイの物言いにそんな事を感じる事はないのだが。

「それに私は魔術師としての修行時代には人間と同じような生活をしていましたから。苦になどなりませんわ」

「ふむ、なるほど」

「そして空き家には使い道がいろいろあるのですわ」

 謎めいた微笑みをするレナである。

「ほう、いろいろとね」

二人(?)の間ではそれで通用するらしい。・・・・・・かなり怪しいが。

「レナお姉ちゃん、それ見たい見たーい」

「何言ってるのミュー、レナさんに迷惑でしょ?」

 ミューをいさめてはいるが、本気で言っているようではない。アトリーも口に出していないが興味があるような様子だ。

 大の大人がそろいもそろって情けないことである。

「あら、かまいませんわよ。ご招待いたしますわ」

「えっ、でも・・・・・・」

「どうせ今日はたいした用事じゃありませんでしたから。お茶でもお出ししますわ」

 二人の様子に気づいたそぶりを見せることなく、さらっと言ってみせる。

 まさに大人の対応、年の功である。

「それにミューちゃんの頼みをお断りする事などできませんもの」

 さらに一言付け加えるが、これはやりすぎだったかもしれない。二人はやや恐縮している。

 だが二人は知らない。これがレナの本心でもあるという事を。何せミューは・・・・・・

 一方そのミューはというと。

「手のかかるお姉ちゃん・・・・・・」

 溜息をつきながらそんな事をつぶやいている。すべて計算づくだったようだ。 末恐ろしい娘である。



「へー、ここが。いい家だね」

「そう言って頂けると嬉しいですわ」

 先ほどの場所から少し歩いただけで着いたのは、多少小さいが一人で住むには充分な大きさの家であった。

 狭いながらも庭があり、当然二階もあるが、よく見れば屋根裏部屋もあるようだ。

「あっ、レナさん、この花この前いただいたやつですよね」

「ええ、そうですわ」

「それにこの花は・・・って、これ・・・・・・」

 庭先に咲いている花を見てカノンが凍りつく。

「レナさん、これって毒花じゃないですか・・・」

「ええ。ですが薬にもなるのですよ」

 薬も毒も紙一重。これは世間の常識である。

 しかし頭でそれが分かってても、人はとっさに判断できないものだ。

 ましてやカノンはすべてにおいて経験不足。レナの涼しい笑みにも、引きつった笑顔で返すしかなかった。

「さあどうぞ。多少刺激臭がしますが、慣れればどうという事はありませんわ」

 恐ろしい事をあっさり言ってのける。

 しかしこれは家の前に立っていても分かるほどだったので、すでに全員諦めていた。

 臭いに耐えながら家に入ると、中は刺激臭をのぞけば普通の家とほとんど変わりなかった。

 台所、居間ともにきちんと整理されており、トイレや浴場も清潔である。

「ここで待っていてくださいね。今お茶を入れてきますわ」

 居間に通された四人はテーブルを囲んだソファに座って、あらためて部屋を見回す。

 やや殺風景だが、日常生活を営むには何ら問題はない部屋だ。床板が剥き出しなだけで、家具はほとんどそろっている。

 これらをどうやって用意したのか疑問に思うロイであった。

 部屋を見回し終わったあたりでレナが戻ってきた。どうやらそれなりに時間が過ぎていたらしい。

「庭で取れた葉を使用していますの。結構いけますわよ」

 慣れた手つきでレナが出したものは、普通のお茶と見た目は変わりない。

「いい匂いだね」

 めいめいカップを取っていくが、アトリーはお茶を飲むときにはまず匂いを楽しむ。やはり育ちのせいだろう。

 残りの三人は当然そんな事気にしない。すぐに口に含む。

「おいしい!」

「本当に。いい葉を使ってるんですね」

「そんな立派のものじゃありませんわ。それと薬草も入っていますから、体にもいいですわよ」

「ふむ、私にはよくわからないがおいしいのだろうな。あと、何か頭がすっきりするような・・・」

 体のつくりが似ているエルファと人間ならともかく、ミュルーンは食感が違う。

 しっかりと味付けされた飲み物はロイの口にはあまり合わなかったようだ。

「多少の気付け薬が混じってますから。眠たいときには最適なのですわ」

そういって自分も口に含む。自分のだけに何か他の物を入れていたようだったが、全員無視した。

 やや会話の流れが止まりそうだったが、すぐにカノンが口を開く。

「レナさんはここにお住まいなんですか?」

「いいえ、私は師匠の家に住み込みで働いてますから。ここへは一巡りに二回ほど来る程度ですわ」

「それぐらいしか来ないのに、この部屋はきれいなんだね」

「暇なときなどに誰かが掃除しているからですわ」

「誰か?」

 声と同時に、ドアが開く音がする。

 全員が見つめたその先にいたのは、なんとリラックだった。

「リラック君!?」

「話し声がすると思えば、珍しいメンバーがそろっていますね。何かあったんですか?」

 視線に臆することなくレナを除く四人を見返す。

「違うわ。私が招待したのですよ」

 リラックに対しては微妙に口調が変わるレナである。最も、それはみんな同じ事だが。

「ふーん、こんな所へわざわざ。あ、二階空いてますよね」

「ええ」

「じゃあ、そういうわけで。どうぞごゆっくり」

 何がそういうわけか分からないが、それだけ言うとすぐに部屋を出て行った。

 後に残された者は何がなんだか分からない。

「どうしてリラック君が・・・?」

「ここはこの街の魔術師達の研究所みたいな所なのですわ」

 先ほど明かさなかった事を、いともあっさりと言ってのける。

 変な誤解をされないためだろうか。誰もそれだけは思いつかなかったが。

「やはりそういう場所があるというのは魅力的でして。この街の魔術師全員で共同で借りましたの」

「なるほど。どうも個人で借りるには広すぎる家だと思ったよ」

「じゃあ、今日は研究に来たのですか?ボクたちお邪魔だったかな・・・」

「いいえ、ただの食事当番ですわ。食べる人はあまりいないのですけれど」

「リラック君以外に来るんだね」

 黙って首を横に振る。

 それだけで全員が溜息をつくのは何故であろうか。

「じゃあ、お茶のお礼にボクもお手伝いします」

「お姉ちゃん、お料理できないのにどうする気なの?」

「うぐっ」

 一瞬で言葉に詰まる。当たってるだけに何も言い返せないカノンであった。

「カノンちゃん、お料理できないの?練習しようね・・・」

「はい・・・」

「私も手伝うよ。一緒にやれば何とかなるよ」

「お姉ちゃんと違って私はお料理できるにょ!」

 元気よくミューが手を挙げる。

「私は野外専門だからね。傍観させてもらうよ」

「えっと、よろしいのですか?」

 話の展開についていけず、レナがおずおずと尋ねる。

「いいのいいの、気にしないでレナさん」

 そう言うや否や、早速台所に行くアトリーであった。



 かなり日が落ちて、薄暗くなってきている。

 家の前には大小合わせて五つの影。

「すっかり遅くなっちゃったね」

「うぐぅ、すいません」

「・・・やっぱりお姉ちゃんは私がいないとダメなんだから」

「まあまあ、気にする事ではありませんわ」

「人は失敗を繰り返して大きくなるものなのだよ」

 雑談をしながら帰っていく。

 リラックにどんな料理が出されたかは、想像に任せよう。





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