「雨月物語」中の有名作「蛇性のイン」の利用法

ユーリ「『雨月物語』というと……」

 バレリア「江戸時代中期、1776年に刊行された読本(小説)や」

 ユーリ「作者は誰でしたっけ?」

 バレリア「関西人の上田秋成(うえだ・あきなり)。1734年生まれで1809年にあの世行き。かなりの変人やったらしくて、嫁さんにはかなり苦労をかけたそうやわ。それから、こいつは国学者も兼ねとったから西行法師と紫式部への崇拝の念はただならぬものがあったそうや」

 西行法師と紫式部:前者は平安末期、すなわち源平争乱の頃に活躍した歌人。元来、朝廷に仕える警護の武士だったが、23歳で出家した。後者は平安文学の最高峰「源氏物語」、「紫式部日記」の作者。同時代人の清少納言を嫌っており、「したり顔にいみじう侍りける人」(得意顔でふんぞりかえっているヤな女!)と酷評している。陰気な大河小説作家と陽気なエッセイストの差か……。

 バレリア「全部で9つの短編から成るんやけどな。西行と亡霊になった崇徳上皇(後白河法皇の兄ちゃん)が日本における易姓革命の是非について激論する『白峯(しらみね)』。やおい小説『菊花の約(ちぎり)』。根性無しの夫を死んでも待ち続ける『あさぢが宿』。画僧が鯉に変化することで『自由には代償がともなう』というルールを示す『夢応の鯉魚(りぎょ)』。殺生関白・豊臣秀次(秀吉のおいっ子)とその側近の亡霊が和歌論を展開する『仏法僧』。クライマックスで主語がいきなり転ずる『吉備津(きびつ)の釜』。女の蛇神が人間に恋して周囲に大迷惑をかける『蛇性(じゃせい)のイン』。ホモセクシャルと死体性愛とカニバリズムを描いた『青頭巾(あおずきん)』。蓄財趣味の武士と黄金の精の対話を通じて秋成の屈折した金銭観がうかがえる『貧福(ひんぷく)論』」

 ユーリ「それでどれがおススメでしたっけ」

 バレリア「知名度から考えても『蛇性のイン』やろなあ」

 ユーリ「どうして『イン』とカタカナにするんですか?」

 バレリア「筆者のパソコンでは漢字変換できなんだんや。意味はたぶん『淫乱』の『淫』と同じやろうけど。それはそうと、特に対象を限定するなら『源氏物語』を原文で読破したことのあるゲーマー。秋成は『源氏』からちょろまかしてきた表現を巧みにおりまぜとるんやから」

 ユーリ「無茶言わないで下さい。もっと楽な接し方があるでしょが!」

 バレリア「やかましわ。あんた、めおと漫才の基本忘れたんか?嫁さんがツッコミ入れてなんぼの商売や。ぽんぽんしゃべるのも嫁の仕事や。大助・花子の漫才見てみい。え、見てない!?それやったら毎週土曜日午後0時15分からNHK総合の『法律笑百科』にチャンネル合わせなあかんでえ。月に1度は出とる。もー、こなな男を隣にしたんは失敗か?」

 ユーリ「いや、ですから、その」

 バレリア「古文がめんどい人には学研M文庫の現代語訳『雨月物語』がリーズナブルや。訳した人は後藤明生(ごとう・めいせい)。1999年に亡くなっとるのが、うちには悲しい。価格は税抜きで520円。カバーイラストの美蛇女が不気味にエロティックでいけてる。おまけに秋成晩年の『春雨物語(はるさめものがたり)』からも短編2本が収録されとるんでちょっと得した気分になれるわ。挿絵がないんが残念やけど」

 ユーリ「『蛇性のイン』は妖怪退治モノでしたよねえ」

 バレリア「異種族婚姻譚と言うてもええ。人間と蛇とで一時結婚生活を送っとるし」

 ユーリ「確か、映画化されてませんでしたっけ?」

 バレリア「1953年、大映、名匠・溝口健二監督作品。出演は京マチ子、森雅之(故人)。京マチ子さんが妖艶な死霊の役や」

 ユーリ「死霊?怪奇蛇女じゃなかったんですか?」

 バレリア「映画は映画でまた別モン。筆者はまだ観とらんけどな。ちなみに京マチ子さんは2005年6月末の時点でお元気なようや。最近スクリーンでもTVでも見かけんのが残念やな。クロサワの『羅生門』でヒロインを演じて映画史に名を残した、という意味のことは映画の本ではたいがい書かれとるこっちゃな」

 クロサワの「羅生門」:故・黒澤明が東宝争議のためやむを得ず大映で撮影した。当時の大映プロデューサーは全く評価せず、米国で公開された時には日系人が「オー、ウェイスト・タイム(全く無駄足ふんだぜ)」とコメントしたそうである。この作品にほれこんだヨーロッパのプロデューサーが自費で字幕を付けて海外の映画祭に出品し、初めて国際的に認められた日本映画第1号になったとされる。ちなみに、現在ではクロサワと言えば黒沢清監督のこと。「スウィートホーム」、「アカルイミライ」、「ドッペルゲンガー」等で知られる。

 バレリア「ややこしいこと言うと『蛇性のイン』はフェミニズム文学の草分けとも解釈可能なんやが、これ以上書き進めるとTRPGからは2万マイルくらい離れるんでうちはやめとく」

 「蛇性のイン」:この作品について書いていると「蛇」という漢字を覚えられるというメリットがある(笑い)。なお、筆者はこの記事を書くために最近原稿用紙に下書きするようになった。ニューロタングで言うところのアーサーだね(自嘲)。

 ユーリ「そう言えば、『蛇性〜』って主人公は大宅豊雄(おおやの・とよお)という紀伊(和歌山)の網元の次男坊でしたよね。まるっきり生活力がなくて、親と兄貴にパラサイトしながら和歌や漢学に励む、いわばニート」

 バレリア「せんじつめれば、イナカ源氏や」

 ユーリ「そーゆータイトルの小説もありましたね、江戸時代後期に。実際は大奥風刺小説ですけど」

 バレリア「先進まんかい、四六の裏が」

 四六の裏:六面体サイコロを見てみましょう。「3」と「1」ですね。すなわち、「さんぴん」。元来は下級武士の蔑称です。古典落語や時代劇にはちょくちょく出てきます。

 ユーリ「で、ある日、豊雄が雨宿りをしていると超絶美女・真女児(まなご)とその召使美少女・まろやも雨宿りに現れます」

 バレリア「秋成はロリコンやったんか?」

 ユーリ「豊雄はたちまち一目ぼれして、その翌日には超絶美女の館を訪れます。そして、大変なもてなしを受け、帰りには宝物の太刀をもらいます。が、その太刀は盗品と分かり、彼は窃盗容疑で捕えられます。イナカ源氏の青年は身の潔白を訴え、役人らが真女児の館に向かいますが、そこはボロボロの廃屋になっていて蛇女は捕縛寸前に雷鳴とともに姿を消します」

 バレリア「アヤカシの神業に決まっとる」

 ユーリ「釈放された豊雄は世間に顔向けできないと考えて姉の嫁ぎ先(奈良)に身を寄せます。しかし、そこにまたも真女児とまろやが出現します」

 バレリア「登場判定に成功や」

 ユーリ「青年は無茶苦茶うろたえますが、何だかんだと言いくるめられて結局いい仲になってしまいます。そのままイチャイチャカップルへの道を順調に歩むのかと周囲が思っていたら、老神官が彼女らの正体を見破り、2人は激流に飛びこんでまた姿を消します」

 バレリア「まだ神業残してたんやろ」

 ユーリ「そして、その神官は豊雄に『男としての真の勇気に目覚めるのじゃ』とさとします。彼はその言葉に感じるものがあって帰郷します。ところが、親類一同が妙に気を利かせて、女官の経験がある美女・富子と結婚させてしまいます。嫁を迎えれば美蛇女から逃れられると考えたのですな。むろん、これは甘すぎる見方で彼女は富子にとりつくという形でまたまた出現します。その上、まろやまで『ご主人様』と言いながら出て来て、遂に豊雄は失神します。これに驚いた花嫁の父らは大あわてで近所を訪れていた坊さんに調伏を依頼しますが、あっさり返り討ち」

 バレリア「このシーン、残酷やのになんでか笑えるんよ」

 ユーリ「かくして、根性なしだったニートの青年はようやく『男としての真の勇気』に目覚め、美蛇神女に『私をどうしてもいいから、これ以上周囲の者に迷惑をかけないでくれ』と言い放ちます。しかし、これには富子の親父が納得しません」

 バレリア「娘が化け物に憑依されとるんやから、当然やろ」

 ユーリ「彼は道成寺の高僧に訳を話してケサをあずかり、豊雄はそのケサで真女児を押えつけて魔力を喪失させます。そこへユウユウと現れた僧が真女児とまろやの本体、つまり蛇を完全に封印してしまいます。メデタシ、メデタシ」

 バレリア「原文にそないな結びの句はないんやが……。イナカ源氏の兄ちゃんと気の毒な花嫁の富子のその後についても説明せんかい」

 ユーリ「へ?彼女は間もなく死亡し、豊雄は生きながらえた、とありますが」

 バレリア「あんまりめでたくないんやないか?それはええとして、このストーリーをちょこちょこいじるだけで『異能使い』のシナリオソースになると思うんはうちだけか?問題は、どこのどいつが豊雄のプレイヤーになりたがるかというこっちゃ」

 ユーリ「何も『異能使い』に限定しなくたって……。豊雄はこのさいNPCの依頼人にしちゃいましょう。真女児はどうせストーカー女ですし」

 バレリア「それがいっちゃん楽、というより普通や。そやけどな、作者の上田秋成が彼女を絶対悪とはみなしとらんかったことに着目するなら展開は変わると思うわ。ただし、その辺の事情を説明しよるとこの記事が文芸評論になってしまうのでやめにしておく」

 ユーリ「既にそうなっているような……」

 バレリア「真女児の恋をもうちょいまともな方向に修正してやるっちゅうこっちゃ。『調伏されるのだが、来世で男と結ばれる』とかな」

 ユーリ「現世では駄目なんですか?」

 バレリア「『実は真女児はより邪悪な存在に操られていただけだった』というオチでは甘いと思うわ。ぎょうさん人をびびらしたり、殺したりしとるからなあ。そこまでやったら『人並みの幸福』なんぞいまさら得られる訳ないやん。秋成がネタにした可能性大な『道成寺』では『死後、両者は結ばれてそれを高僧に伝えました』という結末になっとるんやが。なかなかピタッとくるエンディング・フェイズは思いつかんわ。ただ、いずれにしても……」

 ユーリ「いずれにしても?」

 バレリア「ハンドアウトを導入せんとセッションが成立せんやろ」

 ユーリ「確かにそーですねー」

(椎名高志先生の「絶対可憐チルドレン」連載開始を祝って続く)
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