ユーリ「リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルンクの指輪』ですよね?」バレリア「ちゃうわい、リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルンクの指環』や」
楽劇:ドイツ語ではMusikdrama(中性名詞)。オペラの発展形とでも言えばいいだろうか。ただし、ワーグナーはこの表現を嫌っていた。
ユーリ「同じじゃないですか!」
バレリア「『輪』と『環』が違う。何で別々なのか、作者は知らへん。まー、K都大学の西村教授はご存じかもしれないが」
K都大学の西村教授:筆者の恩師。ただし、筆者はK大のOBではない。西村教授は以前、広島大学総合科学部・助教授としてドイツ語を担当しておられ、筆者はその講義を受けていたのである。大変なオペラ通であり、文芸系の映画ファンとして当時から学生に慕われる方であった(申し訳ありません、先生。勝手に名前を出して)。なお、西村教授のお話では「ベルリン忠臣蔵」(旧西ドイツのトンデモ映画)はドイツ語の聞き取りには役立つ作品とのことである。
ユーリ「でも、『指環』は全4夜で演奏時間は合計14時間以上あるだけじゃなくて、筋書きも無茶苦茶ややこしいですよ。これを読む人にどう説明するの?」
バレリア「あずみ涼さんのマンガ版『指環』を読むのが一番手っ取り早い。本来は新書館からハードカバーで出ていたが、数年前に文庫版が刊行されたので手軽に手に入る。解釈もオーソドックスで初心者向け。ミーハーなところが少しあるが、それは気にせんように。ほいでもってローゲ(北欧神話におけるロキ)も作者の趣味入りや。ただ、文庫版ではカットされとるとこがあるけん、古本屋でハードカバーのを探した方がええ。問題は『指輪物語』についてなんちゃ触れてないことかのう」
文庫版ではカットされとるとこ:ドイツの穏健左翼ゲッツ・フリードリヒ(1929〜99)の演出した「指環」観劇ルポ、作者お気に入り北欧神話の「絵物語」バージョン、あずみ涼自身による「指環」解説、演出家により異なるドラゴンの紹介等。
ユーリ「山岸涼子さんも『指環』をマンガにしてますよね?」
バレリア「何で語尾が上がるねん、あんたは。うん、あれもええな。文庫版出とるし」
ユーリ「松本零士さんは……」
バレリア「あれはあくまで『ハーロック・サーガ』やけんなあ。メーテルまで登場するし……。トールキンの世界とは関わりないけん、あんましおすすめできんわ」
ユーリ「他には?」
バレリア「『ああ女神様』のファンは『指環』に触れん方がええ」
ユーリ「確かに」
バレリア「大年増が舞台とかで少女を演じても少女にしか見えない能力を身に付けている人だけLDとかで『指環』を観ること」
ユーリ「確かに」
バレリア「『サイボーグ009』の北欧神話編は結構笑える」
ユーリ「確かに」
バレリア「こら、おっさん」
ユーリ「確かに」
バレリア「あんた、単に相づち打っとるだけやないか」
ユーリ「いやあ、ばれちゃいましたか。ハッハッハ。まあ、それはともかくワーグナーにあってトールキンにないのは何なんでしょうか?」
バレリア「近親相姦」
ユーリ「な、何かイヤなものがありますね」
バレリア「主人公であるジークフリートの両親は双子の兄妹やし、彼自身も実のおばであるブリュンヒルデと結ばれる。ヴォータン(北欧神話のオーディン)と娘のブリュンヒルデの関係も怪しいし……。あ、断ってとくけど、ここで言う『結ばれる』は『肉体関係を持つ』という意味が第一にきとるけんな」
ユーリ「きつい話ですねえ。そういえば、『指輪物語』の指輪と『指環』の指環とは少々異なるとも聞きましたが……」
バレリア「『指輪』の場合、『良心を捨てる』ことで獲得する。『指環』の場合、『異性への愛を捨て、性欲の対象としてのみ接する』ことで獲得する」
ユーリ「何だか『宇宙戦艦ヤマト』みたいですね。ありゃ、『ヤマト』原作者問題で裁判になったのは松本……」
バレリア「それ以上言うな」
ユーリ「分かりました。黙っておきます。それにしても、指輪の処分法も似通ってますよね」
バレリア「そやな。『指輪物語』では火山に放り込んで、『指環』ではブリュンヒルデがジークフリートを焼く炎の中に飛び込む」
ユーリ「その後でライン川の水が全てを押し流し、ワルハラ(「指環」の場合、神々の神殿)は焼き尽くされるんですよねえ」
バレリア「来年の『王の帰還』ではどうなるんやろのう」
(大河ドラマ「武蔵」は黒沢マインドが炸裂しているので続く)