ユーリ「大橋姉妹って誰でしたっけ」バレリア「大橋薫とその双子の妹大橋真弓こと楠桂や。何であんたそれを忘れとる?」
ユーリ「仕方ないですよ。全然怖くないホラーばかり描いてて飽きちゃったんです。僕はもう7、8年彼女らの漫画読んでませんし」
バレリア「確かにな。『古祭』の頃のような劇画チックな感じゃないけんのう。でも、筆者は『鬼切丸』以外はほとんど読んどるぞ」
「古祭」(いにしえまつり):1985年頃に「増刊サンデー」(だったと思う)に掲載された楠桂の学園モノ怪奇漫画。当時、彼女は10代だった。現在、文庫版が出ている。 彼女より20分先に産まれた姉・大橋薫はこの頃「タダで」アシスタントをしていたらしい。
バレリア「そやから、そうした点からの〈怖さ〉へのアプローチはネーム担当の姉も諦めたんやろな。話を〈イオカステの苦悩〉に切り替えとるけんのう」
ユーリ「イオカステって誰ですか?」
バレリア「ソフォクレスの『オイディプス王』ぐらい読んどけや。オイディプスの実母で後に息子と祝言あげて2人の子供もうけて自殺した女がイオカステ。フロイトが言い出した『オイディプス・コンプレックス』という概念の由来や。いわゆる『マザコン』というやつやな。まー、『戦国月夜』の場合は『父と娘』になっとるけんど」
ユーリ「それはそれでいいんですけど、『戦国月夜』のあらすじぐらい説明して下さい」
バレリア「とある戦国大名が死の直前に実の娘を犯して子供を産ませ、彼女が現代の高校生に転生して父親の亡霊とその下僕、それに同じく転生した子供と殺し合う話」
ユーリ「それでイオカステがどーとかこーとか言ってたんですか。しかし、大変ですねえ、ヒロインも」
バレリア「誰が転生先の高校生は女性やと言うたんや?」
ユーリ「は?」
バレリア「主人公は『男』じゃ。ほやけど、実父にレイプされて不義の子を出産した前世を途中で思い出してしまう」
ユーリ「竹宮恵子……というより、わたなべまさこの官能怪奇マンガのノリですね」
バレリア「ほやな。しかしのう、『戦国月夜』は『過程描写』タイプの作品なんや。大橋姉妹のマンガはたいていの場合、同じ所をグルグル回るだけやから珍しい」
ユーリ「『サ○エさん』ですか?」
バレリア「……そーゆー表現も確かに成り立つ。『ドラえも○』でも同じことになるの」
ユーリ「で、違いは何なんです?」
バレリア「『ビルドゥングス・ロマン』であるということや。それに尽きる」
ユーリ「ほお」
バレリア「分かって言うとるんか?『精神的成長』という表現がしっくりくるかのう。主人公は『忌まわしき前世』との関係を絶つために最終回で自らの『霊能力』を完全に破棄してしまう。倫理的におぞましい『記憶』はこれから乗り越えんとあかんのやが、『日常への復帰』には成功する」
ユーリ「何だか御都合主義ですねー」
バレリア「そうではないんじゃ、そうでは。そいつが『強大な霊能力を破棄する』ことは、自身の命を危険にさらすのと同意義なんや。そして、『能力を保持し続ける』ことは、家族を含む周囲の一般人を『死の淵に追い詰める』行為でもあるんや」
ユーリ「『雨月物語』みたい、と言うと怒りますか?」
バレリア「いや、それで大体合うとる。あの蛇が出てくるやつやな」
「雨月物語」:江戸時代中期の作家・上田秋成の代表作。怪奇小説短編集のフリをしながら国学の要素を盛り込んだ傑作。筆者の先祖の親類ではない。筆者の先祖(母方)は近江浅井(あざい)氏の重臣三田村氏である(近世に養子をもらった関係でDNA上のつながりはない)。
バレリア「あの短編に出てくる青年は淫乱なメスの大蛇と結ばれることを自らの責務として引き受けたからのう。その直後に大蛇は殺されるけど」
ユーリ「で、『戦国月夜』から学ぶことは何ですか?」
バレリア「『代償』抜きに『成長』なし」
ユーリ「なるほど、構造改革ですかあ」
バレリア「違う!」
(「ロード・トゥ・パーディション」はそこそこの出来だったので続く)