なぜ吸血鬼は「恐るべき存在」なのか?(ヨーロッパに限定)

 ユーリ「特殊能力持ってて、強力なモンスターだからじゃないんですか?」

 バレリア「あんな、そりゃゲームでのことやろが。もっと根本的な問題に触れんと。まずなあ、吸血鬼っちゅうんはキリスト教徒の重視する『貞節と純潔』に真っ向から反逆しとるんや。『吸血鬼が好む血液とは精液の比喩表現』という趣旨のことを述べた学者もおるぐらいやしな。その一つの証としてシェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』(1872年)がある。まあ、この場合男の吸血鬼やないけど」

 ユーリ「どーゆー風に、ですか?」

 バレリア「ヴァンプ、すなわち女吸血鬼のカーミラはヒロインに愛の告白をして血を吸うレズなんや。ちなみに、ヴァンプは英語では『男たらし』という意味もある。」

 ユーリ「かの有名なドラキュラの場合はどうなるんです?」

 バレリア「ああ、ドラキュラ伯爵か。彼はイギリスの作家ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897年)の主役/悪役やけんなあ。分かるやろ、1897年という年がどうゆう状況にあったかくらい」

 ユーリ「すいません、分かりません」

 バレリア「イギリスで言えばヴィクトリア王朝期の真っ只中なんや。で、『演奏会のピアノの脚が見えるのは不品行だ!隠すべーし』という意見が堂々とまかり通った『セックスに関して徹底的に道徳的な時代』なんやなあ。そして1897年というのは『シャーロック・ホームズ 最後の挨拶』の『ウイステリア荘』事件が起こった年とシャーロキアンが推理しとる年や。で、この短篇のラストは次の言葉でしめくくられとる。『怪奇から恐怖へはほんの一歩にすぎない』ってな」

 ユーリ「ホームズとドラキュラ伯爵に何の関連が?」

 バレリア「あるんや、あるんや。ドラキュラはルーマニア出身、『ウイステリア荘』の犯人は中南米出身。どちらもイギリス人でないということ」

 ユーリ「つまり、100年前のイギリス人は非先進国の住人を恐れていたってことなんですか?」

 バレリア「ほほう、あんたにしては合格点やな。で、なんで外国人を恐れたかは、差別意識と表裏一体の関係にある。特にユダヤ人とかロマ族、すなわちジプシーに対して」

 ユーリ「そう言われてみると、昔の推理小説なんかでロマ族が疑われるパターン多いですね」

 バレリア「それから、吸血鬼が『生死』に関してキリスト教、いや伝統的な西欧の『時間』の認識と相反する要素を含んでいたことも否定できんな」

 ユーリ「うーん、よく分かりません……」

 バレリア「ヨーロッパにおいては『時間』は繰り返さんのや。誕生というスタートがあって死というゴールを迎えて、キリスト教の教義からすれば死者の多くは煉獄に行き、最後の審判を待つことになるっちゅう訳なんや。輪廻転生とはほど遠いわな。いわば、『直線状の人生』と言ってええかいのう。その点から見ると……」

 ユーリ「吸血鬼は『永遠に続く直線人生』を送っているとみなしていい訳ですか」

 バレリア「その通り。では、吸血鬼の『吸血』についてやな。人間の血を飲んだりすると、まず間違いなく吐く。ところが、吸血鬼はそうではないんや。当時の迷信では『血を吸うことで血管に新鮮な血液が行き渡る』というのがあったしの。むろん、ブラム・ストーカーの時代には『輸血』の技術が存在したけど、血液型の発見以前のことやったんや!」

 ユーリ「そんなの、死んじゃうじゃないですか!」

 バレリア「そうなんや。『ドラキュラ』の中でも輸血シーンはあるんやけど……100年前のことやけんな。けれども、吸血鬼は医学上なーんの心配もなく血を吸いまくるんやけん、昔々の人にとってはやっぱり怖いに決まっとる」

 ユーリ「血液……ですか。そーいや、『インタビュー・ウィズ・バンパイア』を彼女と観た青年が『殺して血を吸ってやる』と言って刺す事件がありましたね」

 バレリア「うーん、ルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』を観て飼い猫の眼球をえぐり出した青年に通じるもんがあるわ、それは。吸血鬼の幻想性にとりつかれていたんやろな。『アンダルシアの犬』はシュールレアリズム映画やからちとちゃうけど」

 ユーリ「他には何かあるんですか?」

 バレリア「吸血鬼は鏡に映らへん……」

 ユーリ「?当たり前じゃないですか」

 バレリア「分からんやっちゃな。あんたが鏡の前で座ってて、後ろから吸血鬼が迫ってくる。この時、鏡に映るんは誰や?」

 ユーリ「何も見えないと思いますけど」

 バレリア「何言うとるねん、あんたの顔に決まっとるやないか!ようするになあ、吸血鬼の正体は『吸血鬼を恐れるヨーロッパ人の影』そのものなんや。100年前といえば帝国主義の時代や。で、彼らは『侵略者にとっての被侵略』に怯えていた。だからこそ、吸血鬼は小説でもゲームでも強力な存在になったんや」

参考文献: 「ドラキュラ誕生」 講談社現代新書
「ドラキュラの世紀末」 東京大学出版会
「中世の森の中で」 河出書房新社

BACK HOME