ユーリ「はあ?これは何です?ロールプレイって2つもあるんですかあ?」バレリア「その通り」
ユーリ「ちゃんと説明して下さいよ(泣)」
バレリア「役割としてのロールプレイとキャラクター演技としてのロールプレイ」
ユーリ 「不親切ですよお。読者の人にも分かるように説明してくらはい」
読者:うーん、この記事を書き始めてから数年経つが、読んで下さっている人はいるんかな・・・・・・と思っていたら読んで下さっている人がいた!拙文をわざわざ・・・・・・感謝!
バレリア 「ジーン・ウルフの『新しい太陽の書 4部作』において主人公が死刑執行人としての務めを忠実に果たすのが、役割としてのロールプレイ。で、セクラの方を愛するが故に自殺幇助を行うのが、キャラクター演技としてのロールプレイ」
「新しい太陽の書 4部作」:80年代を代表する「サイエンス・ファンタジー」(SFファンタジーに非ず)の傑作。はっきり言って難解。富士見や角川に慣れてしまってる人は絶対に読破できない(暴言)。「余りにも進んだ科学は魔法にしか見えない」という命題を証明した作品。ハヤカワから出ていたが、絶版になっている可能性大。
ユーリ「ますます分からないですよ。もう少し柔らかく、ね?」
バレリア「ふん、あんたに言われるまでもないんやって。ちょいとばかりヒネテ見せただけや。ええか、TRPGゲーマーの中には一方的に自分のキャラに愛情見せて『このキャラの性格は××だから、そんなことしませんよ』って言ってセッションを崩壊させる人物がいるんや」
ユーリ「それはそれでいいんじゃないですか?ロールプレイがちゃんとできているということで」
バレリア「あんなあ、あんた、今回のお題を見まい」(いきなりここだけ讃岐弁)
ユーリ「あぁ、なるほど!自分のキャラクターの演技をすることとパーティーでのクラスとかスタイルを踏まえた演技をすることが肝要なんですね!わーい、大発見」
バレリア 「さすがやないか!と言いたいとこやが、あんたの持っているそれは何や!」
ユーリ「『トーキョーN◎VA the Revolution』です」
バレリア「つまり、147ページ目を読んだ訳やな?」
「トーキョーN◎VA the Revolution」の147ページ目:この記事とほとんど同じことが書かれている。ルーラーは熟読すべきだよな。
ユーリ「そーです」
バレリア「前言撤回。あんたは単にへらこいだけや。ま、間違いでないことはうちも認める。鈴吹さんは将来人間国宝になりかねんお人やからな」
ユーリ 「鈴木銀一郎さんの方が先じゃないですか?」
鈴木銀一郎さん:ボードSLGゲーマーにとっては悪く言っても神様。「モンスターメーカー」や「モンスターメーカーRPG」のデザイナー。でも、ボードSLGゲーマーにとってはエポックの「バルジ大作戦」の方が印象的。あ、SSシリーズの「ロンメルアフリカ軍団」も忘れちゃいけないぞ。
バレリア「あんたが結論出してしもたけん、例示してみよう。まずは『ハムレット』かのう」
「ハムレット」:説明の必要はあるまい。宮廷内陰謀劇の好きな人なら読むべし。なお「ハムレット」には興味深いパロディ「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」が存在する。映画にもなったんだが・・・・・・ビデオがな・・・・・・ま、戯曲は読んだけど。
バレリア「ハムレットは父王を叔父(王の弟)に殺害され、そのことを父王の亡霊から知って復讐を決意する。しかし、彼の宮廷内での権力基盤は叔父に比べてはなはだ脆弱なんや。で、『後の先』を取るために発狂したフリをする。これが『復讐者』といういわばクラスというかスタイル的なロールプレイ。『あれは本当に我が父の幽霊だったのか?悪魔の仕業かも・・・・・・』と戸惑うのが『未熟な青年』というキャラクターとしてのロールプレイやな。で、叔父と再婚した実母に対して性的潔癖気質をむきだしにして罵るのもキャラクターとしてのロールプレイ。ちなみに言っておくが、『ハムレット』の映画版では母親役が皆やけに若い。メル・ギブソン主演の『ハムレット』なんかだと、『姉ぐらいにしか見えねーよ』だったんや」
ユーリ「ではまた次回をお楽しみに」
(タイ映画「運命からの逃走」はおもしろかったので続く)