戦闘の処理法

ユーリ「……戦闘の処理法っていったってルール・ブック通りにやればいいじゃないの、バレリア」

バレリア「ほな、あんたは戦闘がえんえんと続いてもええんか?」

ユーリ「そんなことがあるの?」

バレリア「あるやろが!『ガープス』でフェンシング技能15ぐらいあるやつ同士が鎧着こんで一対一戦闘する情景を想像してみいや」

『ガープス』でフェンシング技能15ぐらいあるやつ:こーゆーキャラがスモール・シールドとソフト・レザーを装備すると能動防御の『受け』が13(!)になる。つまり、83.8%の確率で近接武器による攻撃を回避できるということ(以上『ガープス・ベーシック 旧版』参照)。

バレリア「とにかくなぁ、セッション中の戦闘というのは各プレイヤーの好みのプレイスタイルはともかくとして、一長一短なんや。戦闘が多くて、かつ長引くとセッションは間違いなくだれる。かといって戦闘抜きでクライマックスを迎えるにはマスターの力量とそのマスターとプレイヤー間でのいい意味でのなれあいが必要になるしな。ま、この記事では『セッションに戦闘が存在する』ことを前提にして話続けるで。まずは肩ならしに登場するザコ戦闘の場合。システムにもよるが、1、2ラウンド(もしくはターン)で倒される奴で十分」

ユーリ「それだと、緊迫感がなくなっちゃいますよぉ」

バレリア「ま、あんたの発想やとその程度やろな。生命力を低くするかわりに攻撃力を高めに設定するんや。これによって、セッションにメリハリを持たせるっちゅうことや」

ユーリ「でもお、死ぬまで戦わせると戦闘にかなり時間かかっちやいますよお」

バレリア「たわけ者!死ぬまで戦うザコがどこにおるねん。そんなことするのはアジア・太平洋戦争における旧日本軍ぐらいやで。まあ、彼らは断じてザコではないが。それでのう、ザコというのは数の力を背景に相手をなめてかかるのが『お約束』やから、ちょっと痛い目にあって仲間が何人か倒されたらとっとと逃げるのが望ましいマスタリングというもんや」

ユーリ「なるほど」

バレリア「……ほんまに分かっとんのか?まあ、ええわ。それからのう、モンスターや敵NPCのデータはシナリオに書きとめておくだけでなく、別に『戦闘管理表』を作って生命力や精神力を把握しとく方がええのう」

ユーリ「二度手間になる気が……」

バレリア「シナリオを作る段階ではの。やけど、いざ戦闘シーンになってみい。シナリオのデータ部分に生命力や精神力やらの増減を直接書きこんでいくと、訳が分からなくなってしまう危険性があるんやで。まあ、実をいうと、この『戦闘管理表』というのは『クリスタニア・コンパニオン』で水野良が述べていたもんやけどな」

「クリスタニア・コンパニオン」:角川から92年に出たムックタイプのTRPG。1レベルから5レベルまでをフォローしており、おそらくは「コンパニオン2」を出す予定だったと思われる。しかし、角川でゴタゴタがあったため、「クリスタニア」の完全版はメディアワークスから出たことは皆さんご存じのことであろう。

ユーリ「ザコ戦闘はそれでいいとして、ラスボス戦闘はどうするの?」

バレリア「ザコ戦闘の応用形かの。ラスボスも戦闘の序盤はデーンと構えて直接的には関わらない、というのがええやろ。『きひひひ、愚かな冒険者どもよ!わいを拝めえ!でないんやったら、わいの臣下のエサにでもなれや』というようにな」

ユーリ「……今時そんな恥ずかしいセリフを吐けるゲームって『熱血専用!』ぐらいじゃないですか」

バレリア「確かに『正論』や。けど、『正論』ほど弱いものはないで」

ユーリ「保守系のオピニオン誌のことですか?」

保守系のオピニオン誌:「正論」、「This is 読売」、「諸君!」がその代表格。革新系(この言葉もほとんど死語だよな)は「論座」、「週刊金曜日」があげられる。

バレリア「またしょうもないことを……ええか、ラスボスというのはいわば予備軍として考えた方がええんや。前線の親衛隊的ザコがほぼ壊滅したところでゆらりと玉座から立ち上がるっていう風にな」

ユーリ「でも、ラスボスは単独にした方が……」

バレリア「あのなあ、システムによれば回避回数が制限されているのもあるんやで。ザコを出すのはラスボスが一方的に殴られるのを防ぐためや」

(「洗濯機は俺にまかせろ」の富田靖子は良かったので続く)


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