ソルジャーズ・アポン・ザ・ルナル
「史上最大の遠征」後編
投稿してくださった方:フルメタル大司教さま
困惑しながらも、森で出会った少女と女性を抱きかかえ、トラックの元へと合流したバクスターとジェームズ。女性のほうは出血がひどく早急な治療が必要だった。フロムベルクは急いで治療を始めたが、一緒にいるはずのドレイク伍長の姿が見えない。
「カミンスキー、ドレイクはどうした?」
「えっ……、悲鳴を聞いて、軍曹達を探しにいきましたけど。合流したんじゃ……。」
「馬鹿野郎!探しにいくぞ!!」
再び森の中へ取って返すバクスターとカミンスキー、しかし、見つけたのは胸を刺さ れ木に寄りかかる形で事切れているドレイクの姿だった。治療が一段落し、改めてドレイクの死体を検分した軍医はつぶやいた。
「……36年のホルステッド事件と同じだ。肺を一突き、声も上げられなかっただ ろうな、これじゃ……実にお見事。」
「軍医殿、何故装備を奪わなかったのでしょうね?」
「知りませんよ、それよりもあの夜空、あの妙な二人……一体何がどうなっているん です?」
「……自分も疑問に思っています。」
ジェームズはトラックの中で意識の戻らない女性を看病していた。インディアン少女(そうとしか形容できなかった)は隅で毛布を被りうずくまっていた。
「イタリアの民族衣装じゃないよな……この服は、それにこの金属製の扇……まさか、武器なのか?」
その時、ジープのエンジン音が彼の耳に入ってきた。
合流を果たしたケイン達も「夜空の異変」を軍曹にまくし立てた。バクスターは、静かに言った。「……見せたいものがある。全員、銃を俺に預けろ。」
銃を提出する三人。
「一人ずつトラックを覗け、いいな。」
三人の反応は様々だった。ケインは自分達が幻覚を見ているのだと主張し、ジョセッペ自分は悪夢を見ていると、そしてガーツは、絵本で読んだ話と同じだと言った。
「ケイン、ジョセッペ、そう考えたいのは俺も同じだ。だけど多分ガーツの言っていることが一番真実に近いぞ。」
これには軍医も同意した。
「そうですね、まるで『ウイアード・テイルズ』の三文小説……、それと同じ事が私達に起こったのかも……。」
全員の喧騒が頂点に達した時、ジェームズが叫んだ。
「みんな来て下さい、彼女が目を覚ましましたよ!」
トラックのカーゴの中には、緊張した空気が漂っていた。目を覚ましたものの、女は少女を側に寄せてバクスター達を睨み付けている。警戒しているのは明らかだった。二人にCレーションとココアの夕食を振舞って警戒心を解いた後、何とか笑顔を作り、バクスターは話し始めた。
「安心しろ、二人とも今は合衆国陸軍の保護下にある。まず……君達は何者なんだ?」
しかし女の口から発せられた言葉は誰も聞いたことの無いものであった。
「……イタリア語でも、ドイツ語でもありませんよ、軍曹殿。」
「記者殿、ちょっと手帳を貸してもらえないか?」
バクスターは器用なタッチで二人が「歩く樹」に襲われているところ、そして自分とジェームズがそれを助けたところを描いた。
「これならば分かるだろう」
バクスターと女性は交互に絵を描き、それを指して言葉をしゃべった。その結果、自分達が「迷子」であることを彼女にどうにか理解させる事が出来た。バクスターが分かったことは彼女が「フィアナ」と言う名前で他に仲間が三人いたこと、インディアン風の少女は「エルファ」であり、迷子になっていた彼女を森の中で拾ったところ、「ゲルーシャ」が率いる獣の群れの襲撃を受け、仲間達とはぐれてしまったと言うことだった。自分の理解を超えた話にバクスターは懊悩した。
「……カミンスキー、補給物資の中にビールが入っていたな?解放を許可する。」
「ですが、あれは戦線に届けるための……。」
「戦線?今はここが唯一の最前線だ!」
その夜は大変なものであった。酒を飲みながらケインは狂った様に笑い、カミンスキーは泣きじゃくり、軍医は祈りの言葉をつぶやいた。ジェームズは憑かれたように手記を書き続け、ジョセッペは苛立たしげにタバコを吹かし、立直のガーツは不安げに夜空を見上げる。そしてバクスターは、事態を打開しようと必死になって策を考え続けた。一夜が明け、分隊員達はドレイク伍長の埋葬を行った。ジェームズが恐る恐る軍曹に訪ねた。
「短い付き合いでしたけど……彼はどんな人だったんです?」
「やつは伍長だった。これで充分だ。」
一方、フィアナは墓のそばで静かに「舞い」を舞っていた。
「少尉殿、彼女は何をしているのでしょうか?」
「悼んでくれているのでしょう、ケインさん。でも私はああはなりたく無いです よ。」
そう答えた軍医の手にはドレイクの遺品、ガバメントが握られていた。
とにかく森を抜け出そうと、獣道にジープを走らせるバクスター達。木漏れ日の中で見る木々や小鳥は彼らの知らない物ばかりで、ここが本当に「地球でないどこか」であることを痛感させた。「ガーツ、お前にBARを任せる。しっかりみんなをサポートしてくれ。」
「イエッサー!軍そうどの。がんばります。」
一時間ほど移動した時、ケインの乗ったジープが急停車した。同乗していたジェームズが訊ねる。
「ケインさん、どうしました?」
口に手を当てたまま、うめくような声でケインが答える。
「……あの木の上を見て下さい、『カラス吊り』がありますよ。」
ケインの指差した木の枝には、皮膚をはがされた三体の死体が吊るされていた。
木の枝から死体を降ろすのは、凄惨な作業だった。カミンスキーなどは耐え切れなくなり、激しく嘔吐した。側に捨てられていた装備の特徴から、死体がフィアナの仲間たちのものである事は明白だった。ケインはバクスターに話し掛けた。「ひどいものですね、どうしてこんなことを?」
「何かの見せしめじゃないのか」
「こんな森の奥でですか?」
「なら、もう一つの意味だ。……畜生め!」
バクスターは相手の意図に気が付き、舌打ちをした。
「全周警戒!こいつは囮だ!」
反射的に銃を構える隊員達、雰囲気が変わった理由が分からず、戸惑うフィアナ。
そして数秒後、周囲の茂みがざわめき始めた。
出てきたのは数十匹の大柄な猿の群れだった。もっとも、尾に目玉をつけた生き物を 「猿」といえればだが、そしてさらに数秒後、木の上から三体の「人」が、バクスター達の頭上に飛び降りてきた。フィアナが思わず「ゲルーシャ!」と叫んだ。彼らの作戦は悪くなかったのだ。「猿」の群れに注意がいったところを、樹上から不意打ちする。ただ相手がバクスター達だと言う事を除けば……。
戦闘は、一分もせずに終わった。十二匹の「猿」が撃ち殺され、残りは銃声に驚いて逃げ出した。ゲルーシャのうち二人は、樹に飛び移って逃げようとしたところをバクスターのトンプソンに撃ち落された。フィアナに肉薄することのできた最後の一人が一番悲惨だった。ジェームズのゼロ距離射撃によって頭を吹き飛ばされたのだ。
死骸を調べるバクスター達、ジョセッペが歓喜の声を上げる。「ブラボー!ケイン、こいつら金貨を持ってるぜ!」
その時、ケインは何かの気配を感じ、銃を構え直した。
「気をつけろよ、今度は大勢が来るぞ」
銃声を聞きつけたのだろうか、気が付くとインディアン風の耳の長い男達が遠巻きに彼らを囲んでいた。緊迫した空気が漂う。その時、隠れていたエルファの少女が歓声を上げて、男達のほうへと走っていった。彼女を抱きとめた男の顔に笑みが浮かぶ。彼らが武器を下ろすのを確認した後、バクスターは呟いた。
「……警戒解除、迷子を捜しに来ただけらしい。」
結局一行は、彼らの言葉が話せるらしいフィアナを信用する事にして、彼女に導かれるままにエルファの集落へと案内された。そこで彼らは暖かく歓迎された。バクスター達もビールの残りを振る舞うことにし、宴は大いに盛り上がった。
夜もふけて、宴会が最高潮に達した頃、フィアナがバクスターを手招きした。二人が人気の無いところに行くと、フィアナは少し呼吸を整えてから英語で話し始めた。「……助けてくれてありがとう、本当はもっと早く<言語理解>の魔法を使いたかったんだけど、体力の回復に時間がかかっちゃって……。」
予想外の事態に目を白黒させるバクスター、フィアナは言葉を続ける。
「あの子を助けてくれたお礼に、森の外へ出る道を教えてくれるって、だから……。」
バクスターは、フィアナの肩を掴むと一気にまくし立てた。
「あんたが英語をしゃべれるうちに言っておくぞ、信じられないかもしれんが俺達の故郷にはそんな魔法なんぞは無いし、空には月がいくつも出てたりはしない、どうやら俺達は究極の迷子のようだ。頼むから力になってくれないか?」
その迫力にフィアナは思わずうなずいた。
一夜明け、分隊は「エルファ」達の案内で森を脱出することができた。森を抜けるとそこには一本の街道が走っており、文字を書いた立て札が書いていた。もちろんバクスター達には読めない。「こんな立派な道があるってことはここには文明があるって事だな、だけど……」
ジェームズはフィアナの方を振り返った。魔法を使ってなくても彼女には意味がわかったらしい。街道の一方を指すとはっきりと「リーダン」と発音した。
「地名か?どっちにしろここの事は何もわからんのだ。移動目標があるだけましだ。」
ケインは隊員達に大声で叫んだ。
「全員乗車!作戦目標……リーダン!」
車両は街道に乗り上げると勢いよく走り出す。バクスターは分隊日誌にこう記した。
日付:1943年某月某日 移動目標:リーダン(現地語聞き取りのまま)
1名が戦死し前例のない事態に困惑するも、士気は非常に高く、物資も潤沢なり。しかし、カミンスキー二等兵の報告では、ガソリンの残量は約200km前後で尽きるとの事。
……願わくば、旅の短からん事を祈る。